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東京高等裁判所 平成10年(行コ)113号 判決

控訴人(被告) 中央労働委員会

右代表者会長 花見忠

右指定代理人 諏訪康雄

〈他3名〉

控訴人補助参加人 国鉄労働組合東京地方本部

右代表者執行委員長 酒田充

〈他2名〉

右三名訴訟代理人弁護士 小林譲二

同 志村新

同 滝沢香

同 宮里邦雄

同 岡田和樹

被控訴人(原告) 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 松田昌士

右訴訟代理人支配人 石田義雄

右訴訟代理人弁護士 橋本勇

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用(補助参加による費用を含む。)は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二被控訴人の請求の趣旨

控訴人が中労委平成四年(不再)第二五号事件について平成八年一月二四日付けでした命令を取り消す。

第三事案の概要

一  本件は、被控訴人が、その直営病院であるJR東京総合病院(以下、原判決を引用する部分を除き「本件病院」という。)で視能訓練士として勤務していたA野花子(以下「A野」という。)に対し、平成元年四月一日付けで事務部医事課課員として病歴管理事務に従事するよう命じたこと(以下「本件配転命令」という。)が、当時国鉄労働組合(以下「国労」という。)の本件病院における分会役員であったA野に対する不当労働行為に該当するとして、右命令がなかったものとして取り扱い、A野を視能訓練士の業務に復帰させることなどを命じた東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)の救済命令(以下「初審命令」という。)を維持した控訴人(以下「中労委」ともいう。)の命令(以下「本件命令」という。)について、被控訴人がその取消しを求め、国労の東京地方本部等が控訴人に補助参加した事案である。

原審裁判所は、本件配転命令については業務上の必要性があり、その人選についても合理性があると認められ、これを目して、A野が国労の本件病院における分会役員であること又は労働組合の正当な行為をしたことの故をもってする不利益取扱い(労働組合法七条一号)や、国労の組合活動に対する支配介入(同条三号)と評することはできず、本件配転命令は不当労働行為に該当しない旨判示して、不当労働行為の成立を認めた本件命令を取り消した。

そこで、控訴人がこれを不服として本件控訴を提起し、原審の補助参加人らが控訴人に補助参加したものである。

二  本件の争いのない事実等、主たる争点及び当事者の主張は、次のように原判決について訂正、付加をするほか、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」の一から三まで(原判決五頁三行目から二九頁末行まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決についての訂正、付加)

1  原判決六頁六行目の「国鉄労働組合(以下「国労」という。)」を「国労」に、同七行目の「(以下「東日本本部」という。)」を「(以下「東日本本部」又は「国労東日本本部」という。)」にそれぞれ改める。

2  同七頁末行の「行うこと」の次に「(平成七年法律第九一号による改正後の同法一七条一項によれば、右業務のほか、医師の指示の下に眼科に係る検査を行うこと)」をそれぞれ加える。

第四当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件配転命令は不当労働行為に該当するものではなく、本件命令は違法であって取消しを免れないと判断するものであり、その理由は、次のように原判決について訂正、付加をし、次の二から五までのように当審における控訴人及び同補助参加人らの主張及びこれに対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第三「争点に対する判断」の一及び二(原判決三〇頁二行目から四五頁九行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

(原判決についての訂正、付加)

1  原判決三〇頁三、四行目の「甲第二六号証」から五、六行目の「証人松本正久の証言」までを「関係証拠(甲二一、二六、二七、三六、乙四〇、七〇、七二、七七、八〇、八四、八五、八七、八九、九一、九三、一〇〇ないし一〇六、一二五、一二八、一二九、一三一、一三二、一三四、証人松本正久及び同新井良亮の各証言)」に改める。

2  同三〇頁八行目の「従前同様」の前に「視能訓練士の過員を形式的に解消しながら、」を加え、同末行及び三一頁一行目の「外来患者数の推移を見極める必要があった」を「視能訓練士の過員を実質的にも解消するかどうかの決定は、外来患者数の推移を見極めた上で行うこととした」に改める。

3  同三六頁七行目の「であること、」の次に「本件の配置転換は勤務場所について本件病院の病棟内の階が変わるだけで住居及び勤務地の移転を伴うものではなく、」を加え、同三七頁一行目の「一致した。」の次に「一般に、簡易苦情処理会議において労使の意見が一致しない場合には、労使の意見が対立していることがそのまま同会議の結論となるものとされており、当時の同会議においては、労使の意見が一致することは少なく、特に本件のように労使の合意の下に申告が却下されるというのは極めて稀な事例であった。」を加える。

4  同三七頁一〇行目の「看護婦需要が逼迫した場合に」を「看護婦需要の逼迫や事務の輻輳等により眼科において看護婦としての対応が必要となる事態に対処するために」に改め、同六行目の「相当の妥当性が存する。」の次に「(なお、業務上の必要性については、本判決後記四3の(一)、五2の(一)ないし(三)、人選の妥当性については、本判決後記四3の(二)、五3(一)のないし(三)参照)」を加える。

5  同三八頁四行目の「A野が」から五行目の「としても、」までを「経営効率化の観点及び本件病院の経営状態から新規に病歴管理業務の有資格者を採用する余裕のない状況の下で、視能訓練士の資格を有するA野が」に改める。

6  同四〇頁七、八行目及び同四一頁二行目の「認めるに足りる証拠はないこと」を「認めるに足りる的確な証拠はないこと(本判決後記四3(一)及び五3(七)参照)」にそれぞれ改め、同四行目の「認めるに足りる証拠はない」の次に「(本判決後記四3(一)及び五3(七)参照)」を加える。

7  同四二頁九行目の「それは」から末行の「不利益であるとはいえない。」までを「(ア)同じく視能訓練士の資格を有し、視能訓練士の業務に従事してきた二名の社員のうち一名を配置転換して視能訓練士の過員を名実ともに解消する以上、配置転換の結果視能訓練士としての従来の技術・経験が活かされなくなり、技術が低下する可能性のあることは、別の部署への配置転換を前提とする限り、やむを得ないところであって、仮にB山を配置転換した場合でも同様に生じ得る問題であるのみならず、B山を事務職に配置転換した場合には視能訓練士と看護婦のいずれの資格・技術も活かされる途を閉ざすことになること、(イ)《証拠省略》によれば、後記5(二)(1)のとおり、被控訴人設立当時の社員数約八万二五〇〇名のうち約一割強に当たる約九五〇〇名の余力人員が存在し、この余力人員をいかに有効に活用するかが被控訴人にとって最大の課題であったところ、新会社として発足した被控訴人においては、国鉄時代に長年従事した業務と全く異なる業務に配置換えとなった社員は相当多数に上り、本件病院においても看護部長からホテル業務に配転となった例もあることは、A野自身が再審(中労委)の審問の中で自認するところであること、(ウ)本判決後記五3(六)のとおり、藤田眼科部長は、視能訓練士の需要について自らの眼科検査の補助者(アシスタント)的な存在として位置付けており、両眼視機能の矯正訓練等の固有業務に対する需要は余りないと認識していたこと等の諸事情を考慮すると、本件配転命令は、A野に著しい不利益を負わせるものと評価することはできない(本判決後記四3(二)参照)。」と改める。

8  同四三頁二行目の「認められるが、」の次に「A野が被控訴人に対して右疾病は労務災害であると主張して提起した損害賠償請求訴訟(東京地方裁判所平成六年(ワ)第一九五六四号)において、平成一〇年一二月二四日に言い渡された一審判決は、A野の病歴管理室における業務内容及び業務量は過重なものとはいえず、右病歴管理業務と右疾病との間に相当因果関係があるとは認められないとの判断を示しており、また、」を加え、同四行目の「処理されていたのであり、」の次に「乙第一三二号証によれば、本件病院における病歴管理業務を被控訴人から委託されて社員を派遣している株式会社日本医療事務センターの担当課長も、過去二〇年間右業務に従事する中で、右業務によって身体に悪影響が出たという苦情や相談を社員から受けたことは一度もないと述べていること等に照らすならば、」を加える。

9  同四四頁九行目の「証拠はない。」の次に「また、勤務場所について本件病院の病棟内の階が変わっただけで、住居及び勤務地の変更も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたことを認めるに足りる証拠はない。」を加える。

10  同四四頁一〇行目の次に改行して次の説示を加え、同末行の「5」を「6」に改める。

「5(一) 控訴人及び同補助参加人らは、国鉄の分割民営化による新会社の発足以来の緊張した労使関係の状況の下で、被控訴人は、国労組合員に対する脱退勧奨等を行うなど、国労を敵視・嫌悪する施策を採り続け、本件病院分会の組合員も減少の一途をたどる中で、分会長として分会の立て直し活動やビラ配付等の中心的な役割を担っていたA野の組合活動を嫌悪していたものであり、このような当時の労使関係の状況や分会役員であるA野の組合活動等の背景事情を総合的に考慮すれば、本件配転命令がA野の組合活動を嫌悪する被控訴人によって国労分会の弱体化を意図した不当労働行為意思に基づいて行われたものであることは明らかである旨主張する。

(二) そこで、本件配転命令当時の国労と被控訴人との労使関係の状況、A野の分会役員としての組合活動等の背景事情についてみるに、前記争いのない事実等並びに《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(1) 被控訴人の昭和六二年四月一日設立当時の社員数は約八万二五〇〇名であったが、全社的には約九五〇〇名の余力人員が存在しており、このように設立当初から全社員の一割強に当たる膨大な余力人員を抱えていた被控訴人においては、適正な人事配置によりこれらの余力人員をいかに有効に活用するかが、新会社が順調に発展するか否かを左右する最大の課題とされ、設立以来、地域間異動、支社間異動、広域出向、兼務発令と兼務解消等の人事配置を積極的に推進することにより余力人員の有効活用を図るという人事施策が採られてきた。

(2) ところで、被控訴人が発足する前の国鉄内最大の組合であった国労は、国鉄の分割民営化に強く反対していたが、昭和六一年七月ころから毎月一万人以上の脱退者が出るという事態になり、同年一〇月に行われた臨時全国大会(いわゆる修善寺大会)において、分割民営化を容認し、労使協調路線を打ち出した方針案が否決され、執行部が総辞職するに至ったことから事実上分裂し、改選された執行部はさらに国鉄当局側との対決姿勢を強めることとなった。そして、昭和六二年四月一日の民営化により被控訴人が設立された後は、国労及び国労東日本本部は、被控訴人の打ち出す種々の施策に対して反対の立場を唱え、右施策そのものや国労組合員に対する被控訴人の業務命令、懲戒処分等をめぐって、国労側から各地の地方労働委員会に対して多数の不当労働行為救済命令の申立てがされるなどしており、被控訴人と国労東日本本部及びその下部組織である各地方本部との間には各種の施策をめぐって激しい意見の対立が生じていた。

他方、右修善寺大会以後の混乱した状況の中で昭和六二年二月二日に発足した鉄道労連は、「新会社ごとに健全な労使関係の確立を理念としたひとつの労働組合を結成する」との方針を打ち出し、その傘下の各会社別組合として組織統一された東鉄労の同年八月に行われた大会において、来賓として出席した住田正二社長が、東鉄労による一企業一組合の実現に強い期待感を表明するとともに、「今なお民営分割反対を叫んでいる時代錯誤の組合もあります」と述べて、暗に国労を批判するなど、被控訴人の支持を背景とした東鉄労が急速に組織率を高める一方、国労は、組織率が低下し、東鉄労との対立と組織の存続に対する危機感を深めていった。

本件病院においても、このような背景の下で昭和六三年八月の東鉄労と鉄医協との組織統一により東鉄労の組織率が一層高まり、国労の分会員の数は、国鉄時代の昭和六一年一一月当時の約一八〇名から、昭和六三年三月当時の四〇名を経て平成元年二月には二八名まで減少した。

(3) こうした中で、昭和六三年三月に本件病院の分会長に就任したA野は、昭和六三年三月末から四月にかけて、他の分会員らとともに、新規採用の看護婦に分会への加入を求めるビラ配付を三回にわたり行うとともに、従来から発行されている分会の機関誌「あゆみ」を編集したり、昼休みの分会員の定例懇談会を主催するなど、分会組織の役員としての組合活動を行っていた。

ところが、本件病院の診療棟の玄関前で行われた右一回目のビラ配付に対しては、本件病院の人事担当者から、会社施設内のビラ配付は就業規則(二二条一項)で禁止されている旨の警告があり、二回目以降は会社施設内の配付の有無について確認するため、本件病院の守衛及び人事担当者によりその実施状況の観察が行われた。

(三) 以上認定の本件配転命令当時の国労と被控訴人との労使関係の状況の下において、組合活動をしていた国労の分会役員に対して配置転換を命ずることは、一般的にいえば、不当労働行為意思を推認させる要素が一応存在するといえないことはないが、本件の場合、前示のとおり、本件配転命令自体について業務上の必要性と人選の合理性を十分に肯認することができること、A野の分会役員としての組合活動の実情に照らし、住居及び勤務地の変更も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての当該組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、A野の組合活動が本件配転命令の決定的動機であったものと認めることはできず、また、当該組合活動がなければ本件配転命令がされなかったものと認めることはできないというべきであり、本件配転命令前の労使事情等に関する控訴人及び同補助参加人らの右主張は、本件における不当労働行為の成否に関する前示の判断を左右するに足りるものではないと解するのが相当である。」

11  同四五頁八行目の「取消しを免れず、」から九行目末尾までを「取消しを免れない。」に改める。

二  当審における控訴人の主張

1  不当労働行為制度の趣旨と司法審査の在り方

憲法二八条の保障する労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図るために設けられた不当労働行為救済制度の趣旨にかんがみると、本件のような配置転換に係る事件に関しては、使用者の有する人事権の行使として、通常の場合には何ら問題とされることのない労働者の配置転換であっても、それがひとたび不当労働行為意思に基づくものと判断される場合には、労働委員会の救済措置がされるべきである。そして、不当労働行為該当性の有無及び救済措置の内容がいかなるものであるかを検討するに当たっては、当該労使関係の実情を的確に把握し、それが当該紛争にあっていかなる意味内容を有するかについて、有機的に考察した上での総合的な判断が求められているのである。

そして、労働委員会の救済命令は、準司法的判断であるとはいえ、行政命令として使用者の不当労働行為を排除した上で、不当労働行為がなかったと同様の状態に是正し、もって将来に向けた健全な労使関係を確立することを目的とするものである以上、救済命令の発出に当たり、何が不当労働行為に該当し、いかなる方法、程度の救済が必要であるかは、労働委員会による当該行為の内容、態様、紛争の経緯、時期等諸般の事情を総合して行う合目的的判断に委ねられているというべきである。この点において、不当労働行為の成否そのものの判断については、労働委員会の裁量が認められないとしても、そのこととは別に、不当労働行為救済制度を設けた趣旨からして、労働委員会の合目的的観点からの第一次的判断は、司法審査にあっても十分尊重されなければならないものである。

2  本件配転命令前の労使事情

(一) 本件配転命令当時は、昭和六二年四月一日に行われた国鉄の分割・民営化により被控訴人が発足した当時であり、緊張した労使関係の状況であった。このことは、配属差別事件等の不当労働行為事件として、全国各地の労働委員会に救済の申立てがされていることからも窺い知ることができる。

(二) とりわけ、被控訴人においては、人事部等の担当である松田昌士常務取締役(当時)の昭和六二年五月の発言及び住田正二代表取締役社長(当時)の同年八月の「一企業一組合」発言に現れているように、被控訴人と協調関係にあった東鉄労との関係を重視し、本件病院内においても、昭和六三年八月開催の東鉄労本件病院分会の結成大会に被控訴人の本社人事部長及び本件病院の副院長が出席し、祝辞を述べたり、平成元年のみならず同三年、四年の同組合の新入社員歓迎会への出席には格別の配慮を行うなどしていた。

一方、A野が所属する分会に対しては、本件病院の管理職らは、その言動を通して、分会に属していたら不利益な扱いを受けるとの雰囲気を醸成するとともに、同組合員に対して脱退勧奨を行う等、分会及びその上部団体である国労を敵対視していた。こうしたことから、本件病院の分会組合員は減少の一途をたどり、昭和六一年一一月当時分会員約一八〇名であったものが、本件配転命令がされた平成元年二月には二八名までに減少した。

(三) 本件病院は、昭和六三年四月に二年振りに看護婦五〇人を新規採用し、これら新規採用者に対するオリエンテーションを同年三月二九日から三一日まで実施することとした。このため、A野ら本件病院の国労分会の組合員は、昭和六三年三月末から四月にかけて、新規採用看護婦に同分会への加入を求めて三回にわたりビラ配付を行った。このビラには、本件病院の看護の実情と欠員状況が記載され、併せて、国労分会への加入を呼びかけるものであった。

これに対し、本件病院は、管理者らが監視するとともに、構内ビラに対しては何らかの措置を採ると警告したり、本件病院前でのビラ配付等を禁止する旨の文書を張り出すなど、同人らの組合活動に対し嫌悪の情を示していた。

(四) A野は、組合員が減少する中で、分会の立て直し活動をはじめとして、分会長として積極的に表立った活動を行い、名実ともに分会の中心的役割を担っていた。

したがって、後述の事情を併せ考えると、被控訴人がA野のこうした組合活動を嫌悪していたことは明らかである。

3  本件における不当労働行為の成立

(一) 本件配転命令の業務上の必要性について

(1) 原判決は、昭和六〇年四月実施の本件病院の経営合理化計画の中で一名過員となっていた視能訓練士に対して、直ちに過員解消を実施せず、本件配転命令まで時期を延伸していたことについて、適当な転出先が見つからないこと、事務職自体についても過員が生じていたと判示し、さらに、過員解消の必要性ひいては本件業務上の必要性について、一日当たりの外来患者数及びその推移を重視して、その必要性があったと判断する。

しかしながら、当該患者数の推移について横這い又は増加傾向が見られたとしても、そもそも、本件病院の眼科は明治四四年の病院開設当時から設置され、被控訴人に所属勤務する運転士等に対する医学適性検査という公共交通の安全確保を図るための重要な検査業務を担ってきたのであるから、他の病院と単純に比較すること自体が合理的ではなく、しかも、被控訴人直営の病院として一般開放を開始後の僅か数年の外来患者数の比較を殊更に重視して業務上の必要性があったと評価すること自体、妥当ではない。

(2) 本来、配置転換の合理性・必要性を判断する場合には、当該配転による業務上の影響の有無及びその程度、配転対象者の不利益の有無及びその程度等をも勘案の上で判断がされなければならないが、原判決はこれらの事情に対する事実の評価を誤っている。

すなわち、本件配転命令後の状況(視能訓練士一名による業務上の影響)についてみると、右配転後は、①視力検査を必要とする患者が一時間から二時間待つようなことが多くなったこと、②斜視検査、視野検査、色覚検査を要する患者の検査間隔を延ばしたり、診療当日に検査が実施できずに再度通院を依頼したりする状況が生じたこと、③被控訴人運転士に対する医学適性検査において要検査項目とされている項目の検査が行われない結果となることがあったこと等、眼科の検査業務の実態には大きな変化が認められ、また、本件病院の事務部から要請された医学適性検査にも十分対応できない状況が生じることもあった。

この点に関して、原判決は、本件配転命令による影響の対処措置については被控訴人の裁量に委ねられた分野であるとか、本件配転命令により医療としての許容範囲を超えた支障が生じたことは認められない等とするが、配転の合理性判断に当たっては、右に掲げた事実は、当該配転の合理性・必要性を否定する重要な事実とみるべきものである。原判決は、この点において事実誤認があるといわざるを得ない。

(二) 本件配転命令の人選の合理性について

(1) 原判決は、看護婦不足の状況にあることを考慮し、看護婦資格を有し、看護婦需要が逼迫した場合に看護婦に置き換えることのできるB山を眼科に残し、事務職の中でも視能訓練士として眼科に一七年間経験があり、医療に関する基礎的な知識を有するA野を病歴管理業務の専任者として配置したことには相当の妥当性がある旨判示する。

しかしながら、看護婦需要が逼迫した場合に看護婦に置き換えることができるとする点については、当時そのような具体的な事情はないばかりか、控訴人委員会の審問における被控訴人の主張では、眼科内において事務が輻輳したときは看護婦としての対応がとれるからとしていたにすぎず、同審問における被控訴人の主張においても、そのような事態が生じたこと又は生じる度合いが高いことの証明は十分ではない。したがって、右事由を人選合理性の判断の要素とすることは誤りである。

(2) また、原判決は、事務職であるA野を事務職の職場に配置したことは何ら問題がないとしている。

しかし、A野は、人事上の取扱いは事務職とされたものの、引き続き視能訓練士の業務を続けていたことから、このような事務職への発令措置は過員解消のための便法的な措置とみられ、同人を形式上事務職とする発令がされているからといって、問題がないとすることは妥当ではない。

(3) さらに、原判決は、A野の視能訓練士としての経験の長さをもって、医学上の知識を有し、病歴管理業務への配転に適切である旨判示するが、国鉄に入職以来、職務の変更もなく、視能訓練士という専門的な業務に長期間従事した者の配置転換には、本人への不利益を最小限に止める等相応の配慮が必要であるのに対し、何ら配慮をしない被控訴人の態度についても正当な評価がされていない。また、原判決は、被控訴人との雇用契約上視能訓練士に職種が限定されていたという証拠はないとするが、そのことをもって、専門的な業務に長期間就労している者に対して右配慮をしなくても問題がないということにはならない。

本件配転命令により、A野は、長年従事してきた視能訓練士の業務を外され、これまでの技術・経験が生かされなくなるばかりか、本件配転命令によりそれまで培ってきた技術が低下することは見易いところである。原判決は、これらの点についての配慮が欠けている。

(4) また、原判決も認定するとおり、眼科の責任者である藤田眼科部長は、院長に対し、視能訓練士の減員を思いとどまるよう求めるとともに、やむなく減員する場合でも、A野の方がデータが正確であり、信頼でき、色覚検査等においても優れているので、A野を残すよう述べているのに、同院長は、藤田眼科部長の話を遮るような態度を示しこれに応じておらず、結局、同部長の意向とは反する人事異動が行われたものであり、人選の決定過程にも不自然な点が認められる。

(5) 以上によれば、本件配転命令の人選の合理性についてもこれを肯認するに足りる十分な証明があったとはいえない。

なお、原判決は、簡易苦情処理会議において、A野の申告を却下することで労使委員の意見が一致したことを、本件配転命令が正当であることを推認させる事情の一つと捉えているようである。しかし、当時控訴人補助参加人らと被控訴人は激しい対立状態にあったのであるから、同会議がその目的どおりに正常に機能していたとは認められない。そればかりか、同会議では配転の発令日との関係から、同会議の組合側委員が本件配転命令の背景、配転前後の実態等を十分に精査する時間的余裕もなく、これに積極的な対応ができなかったものと認められる。したがって、このことをもって本件配転命令が正当なものであるとする事情とみることはできない。

(三) 本件配転命令の不当労働行為該当性について

(1) 前記(一)及び(二)のとおり、本件配転命令に対する原審の認定判断にも誤りが認められるが、仮に原判決の判示するとおり、これが経営上の判断の問題であり、労働契約上における権利義務関係の観点からは不当・違法なものでないとしても、本件のような不当労働行為事件の認定判断は、前記1のとおり、当該行為の内容、態様、紛争の経緯、時期等諸般の事情を総合して行わなければならないものである。そうであるのに、原判決は、労使間の対立状況等本件配転命令が行われた当時の背景事情については、一切関心を示さず、本件配転命令の合理性について、労働契約上における権利義務関係の観点からのみ一面的に判断しているにすぎない。このような判断方法は、不当労働行為救済制度の趣旨、不当労働行為事件の判断に対する理解を著しく欠いたものであり、妥当ではない。

(2) 前記(一)及び(二)のとおり、本件配転命令前の労使事情を考察するに、被控訴人がA野の本件病院における組合活動を嫌悪していたことは明らかである。

すなわち、本件配転命令は、本件病院に新卒看護婦が採用されるようになり、国労を除く本件病院内組合の組織統一が行われ、その主体である東鉄労を軸とした「一企業一組合」の環境が整ったとみた被控訴人が、視能訓練士の減員問題を契機として、かねてから嫌悪していた国労分会の立て直しの中心となって組合活動を続けていた当時の分会長A野に対して、合理的な配転理由もなく、信頼・実績のある視能訓練士業務の弊害も顧ることなく、過重な心身の負担となる病歴管理業務に就かせることによって同人に不利益を与え、これを通して国労分会の弱体化を意図したものというべきである。

これは、A野に対する不利益取扱いであることはもちろんであるが、国労分会等組合に対する支配介入に当たるものといわざるを得ないものである。

原判決は、右事情を看過し、本件命令は本件配転命令の必要性及び人選の合理性についての判断を誤り、本件配転命令は不当労働行為には当たらないと判示しているが、前記(一)及び(二)のとおり、原判決には多くの事実誤認があり、また、被控訴人の不当労働行為意思は明確なのであるから、本件配転命令は不当労働行為に該当するものといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件配転命令を労働組合法七条に該当する不当労働行為であるとした控訴人の判断に誤りはないものというべきである。

三  当審における控訴人補助参加人らの主張

1  配転命令の不当労働行為該当性に関する原審の判断の判例違反

(一)(1) 配置転換が企業内労働力の異動の手段として頻繁に利用され、配転には多かれ少なかれ「業務上の必要性」が存在している実態にかんがみ、最高裁判例も、仮に業務上の必要性が存する場合であっても、配転命令が不当労働行為意思等不当な動機・目的をもってされたものであるときは当該配転命令を無効とすべき旨判示している(最高裁昭和六一年七月一四日第二小法廷判決・裁判集民事一四八号二八一頁〔東亜ペイント懲戒解雇事件〕)。原判決は、当該配転に「業務上の必要性」(及び「人選の合理性」)があれば、労働委員会の命令が詳細に認定した被控訴人の国労に対する不当労働行為意思を明らかにする事実をすべて無視して、およそ不当労働行為は成立しないとしているが、これは明白に最高裁判例に反する。

(2) また、労働委員会が詳細に認定した不当労働行為意思を無視して、使用者の行為に安易に「相当な理由」があるとして救済命令を取り消した原判決を破棄した最高裁判例として、最高裁平成六年一二月二〇日第三小法廷判決(民集四八巻八号一四九六頁〔倉田学園丸亀校救済命令取消事件〕)があり、右の破棄された原判決と本件の原判決は、不当労働行為意思に関する事実関係の無視という点で共通する。

(二) また、不当労働行為救済命令の取消訴訟における司法審査の在り方について、最高裁判例は、使用者の行為の不当労働行為該当性を判断するに当たっては、単に問題となっている行為の外形や表面上の理由のみを取り上げてこれを表面的、抽象的に観察するだけでは足りず、使用者が従来とってきた態度、当該行為がされるに至った経緯、それをめぐる使用者と労働者ないし労働組合との折衝の内容及び態様、右行為が当該企業ないし職場における労使関係上有する意味、これが労働組合活動に及ぼすべき影響等諸般の事情を考察し、これらとの関連において当該行為の有する意味や性格を的確に洞察、把握したうえで判断を下すことが必要であるとの見地から、右のような使用者の行為について不当労働行為の成否が問題となっている救済命令取消訴訟において、裁判所が右不当労働行為の成否を判断するについては、単に労働委員会の作成した命令書記載の理由のみに即してその当否を論ずべきものではなく、その判断の基礎となったと考えられる背景事情等にも十分思いをめぐらしたうえで総合的な視野に立って結論を下すべきであると判示している(最高裁昭和六〇年四月二三日第三小法廷判決・民集三九巻三号七三〇頁〔日産自動車救済命令取消事件〕)が、原判決は、労働委員会の命令が詳細に認定した被控訴人の国労に対する不当労働行為意思に係る事実を一顧だにせず、本件配転命令の外形や表面上の理由のみを取り上げてこれを表面的、抽象的に観察し、右配転に「業務上の必要性」及び「人選の合理性」がある等と認定しており、これは右判例にも反する。

2  本件配転命令の業務上の必要性の欠如

(一) 本件病院における医療事務外注化の方針

昭和六〇年四月の合理化に先立って作られた「中央鉄道病院の再編成について」では、医事業務の外注化が明確に打ち出され、被控訴人発足直前の昭和六二年三月には、可能なものは外注化するという考え方が浸透し、順次実施されており、本件病院では同年四月以降、医事業務はすべて外注化して委託社員に任せるに至り、本件配転命令の直前においては、病歴管理業務は三名の派遣社員によって行われていた。ところが、本件配転命令は、右のように外注化が達成された医事業務について、正規社員であるA野を新たに配置するというものであり、それまでの被控訴人の医事業務の外注化路線とは真っ向から反するものであった。すなわち、全面外注化・派遣社員化から僅か二年しか経っておらず、他の医事業務については外注化の方針を変えていないのに、本件病院は突然に病歴管理業務についてだけ専任の有資格者が必要であるとし、経営効率化の観点から専任の社員が必要であるとして、医事業務の外注化の基本方針を変更してしまった。

(二) 診療録委員会における医師の要望の内容

被控訴人の指摘する昭和六三年一二月の診療録委員会での医師の要望とは、診療録管理体制のコンピューターによるシステム化に伴う専任の有資格者の配置であり、原判決が摘示する「未回収のカルテの増加やカルテの病名欄へのICDコードの記入漏れ等の遅れ」の解消のための専任の正規社員の配置が求められていたわけではない。仮に未回収カルテの督促やICDコードの記入漏れが問題だったのであれば、これらは医師らが改めればよいことであり、診療録委員会での医師の要望があったからといって、直ちに外注化の基本方針に反してまで正社員を配置することにはならない。しかも、右の診療録管理体制のシステム化さえ、実際には本件病院には実行する意思がなかったのであり、被控訴人の主張する病歴管理室への専任社員の配置の理由そのものが、会社の意思に反する根拠のないものだったのである。

(三) 病名コード記入業務と派遣社員

被控訴人は、本件病院の病歴管理業務の中には、原判決が摘示するICDコードの記入業務があるので、少しでも医学的知識のある専任の正社員の配置が必要であると主張しているが、このコード記入は、そもそも医師が付与するものであって、病歴管理室に専任社員を置いて対応すべき業務ではない。すなわち、医師が記入するのが原則で、それが抜けていれば、病棟の婦長のところに持って行って記入をしてもらうのが病歴管理室の仕事であり、誰でもできる仕事である。

このように、ICDコードの記入の有無のチェックだけであれば、派遣社員でも十分可能であり、仮に病名のコード付けを病歴管理室で代わって記入するとしても、A野は病歴管理業務について全く研修を受けておらず眼科の知識しかないのに対して、本件病院に派遣される派遣社員は診療報酬請求の根拠となる病名程度について二か月の講習を受講しており、派遣社員だけであってもコード記入をする上で不都合ということはないのである。本件病院の派遣先である株式会社日本医療事務センターは、五四〇〇名の従業員を擁し、二〇年近く病歴管理の委託業務を行っている会社であり、病歴管理業務だけでも三三〇名の社員が携わっているというのだから、A野以上にコード記入業務に精通した社員はいたはずであり、病名コード記入の点についても派遣社員に代わって正社員を配置する必要はなかったのである。

しかも、A野が配転されてからコード記入業務に従事したのはごく僅かであり、本件配転命令後三か月余りで病歴管理室の人員はA野と派遣社員一名に減員されたため、コード記入の仕事は実際にはほとんど手がつけられない状態となり、副院長からは「やらなくてもいい業務だ」と指示され、本件病院は結局は派遣会社に頼んで処理をしてもらったのである。すなわち、派遣社員に代わって専任の社員が必要だと言いながら、被控訴人・本件病院は、派遣社員にコード記入業務をさせていたのである。

(四) カルテ回収業務と派遣社員

被控訴人は、派遣社員による未回収カルテの医師に対する催促の困難さを指摘するが、本件配転命令以前にどの程度の未回収カルテがあったのか、仮にあったとしてそれが派遣社員による催促の困難さに起因していたのかを示す的確な証拠は被控訴人から示されていない。

さらに、派遣社員の中には一五年以上のキャリアのある病歴管理業務に精通したベテラン社員も配置されており、派遣社員では医師に対する督促が困難であったということは考えられず、派遣社員によるカルテ回収業務を含めて病歴管理に特に支障はなかったものである。

そもそも、仮に派遣社員では医師に対するカルテの催促が十分にできないというのであれば、医師側の対応の改善を求めたり、管理職が管理を強化する等により十分に対応可能であり、医事業務外注化の基本方針を変える理由にはなり得ない。実際、A野が配転された後も医師に対する督促が有効に機能するようになったわけではない。

(五) 病歴管理室の体制の実情

原判決は、本件病院が病歴管理室の立て直しをしようとしたと認定しているが、本件病院にそのような意向がなかったことは、本件配転命令後の実態をみれば明らかである。すなわち、本件病院は、本件配転命令当時に三名いた派遣社員を平成元年七月までに一名に減員しており、病歴管理業務の立て直しをすると言いながら、なぜ人員を減員するのか理解できない。この減員のため、A野ともう一名の派遣社員の業務は未回収カルテの催促やICDコードの記入どころではなくなり、専らカルテ回収と製本業務が中心となり、病歴管理室には未処理のカルテの山が積み上がり、業務が停滞するという事態に至り、診療録管理体制のシステム化には程遠い状態になったのである。

結局、A野が病歴管理室で行った仕事は、病歴管理業務のうち、新規カルテの病棟への配付、退院患者カルテの病棟からの台車による回収と製本、製本されたカルテの整理棚への整理と貸出しのための上げ下ろしという単純肉体労働だけであり、このような単純肉体労働をするのであれば、眼科の専門家であり視能訓練士という国家資格を有する者を配置する必要性は全くなく、従来どおり派遣社員で十分であったことは自明である。むしろ病歴管理室の立て直しの必要など実際には全くなく、被控訴人・本件病院が本件配転命令を正当化するために後からとってつけた口実というべきである。

3  本件配転命令の人選の不合理性

(一) A野の病歴管理業務の適性

(1) 原判決の認定した本件配転命令の業務上の必要性の実質的な内容は、専任の社員でなければ医師に対するカルテの催促、病名付け、コード番号の記入の督促ができないという点にあるはずである。したがって、本当に専任の社員でなければ医師に対してカルテの催促、病名付け、コード番号の記入の督促ができないというのであれば、人選の対象は、医師に対してそのような催促のできる社員であればよいことになるが、被控訴人・本件病院はA野だけを選任した。

この点、原判決は、A野を病歴管理室に配置した人選について、事務職の中でも視能訓練士として眼科に一七年間勤務した経験があり、医療に関する知識を有するA野は病歴管理業務の立て直しに適任であると判断し、A野を病歴管理業務の専任者として配置することとしたと認定するのみで、人選の基準もその合理性も一切明らかにしていない。

(2) 仮に原判決の摘示する「医療に関する基本的知識を有する」社員という基準によっても、以下のとおり、A野はその要件を満たさない。

すなわち、A野は、視能訓練士であるから眼科の病名については詳しいが、眼科以外の病名等については素人であり、視能訓練士の講習科目として眼科以外の医学科目を受講したことがあるとしても、それは二〇年前のことであり、それ以降は眼科に専念し、他の科目の実務経験は全くないのだから、眼科以外の医学的知識があることの根拠にはならない。

また、医師に対して適時にカルテを催促するのに特別な能力・資質が必要であるとは到底考えられず、このことも人選の合理的な基準とはなり得ない。

さらに、診療録委員会で医師側が要望した「専任の有資格者」(病歴のシステム化に寄与できる者)という点についても、A野は、日本病院会が認定する診療録管理士ではなく、コンピューター・システムの知識もなく、同委員会の要望には全く合致せず、これらに準ずる教育・訓練もされていない。

(3) しかも、真に病歴管理業務の強化をいうのであれば、A野のような未経験者を配置した以上、最低限研修等を行うのが必要なはずであるが、A野は派遣社員が受ける程度の研修も受けていない。A野自身が調査したところでも、本件病院と同規模の病院では専門の有資格者を配置しているか、又は資格取得のための勉強をさせているところばかりであるのに対して、本件病院は、A野に対して研修を受けさせることを考えていなかったし、その必要性の検討もしていなかった。

(4) 医師に督促できることを派遣社員との対比でいうのであれば、正社員なら誰でも可能であって人選の範囲は広いにもかかわらず、被控訴人は、医師にカルテの督促のできる社員や医学的知識のある者についてA野以外の人選を検討した形跡がない。結局、本件配転命令は、病歴管理室に専任の正社員を配置する必要性があってそのために適切な人員が検討されたのではなく、最初からA野を病歴管理室に配置するという目的のために行われたことは明白である。

(二) 本件病院の人員体制とA野の人選

(1) 本件病院の人員体制に関する被控訴人の主張を前提とすると、本件配転命令によって標準数と実人員の不一致の解消・是正は図られておらず、本件配転命令は、右不一致の解消・是正(事務職過員の解消)という観点から見ても矛盾した人事である。

第一に、発令形式上、A野の本務は事務職であるから、既に二名の過員となっている事務職から、本件病院の人員体制上事務職にカウントされる医事課職員(カルテ整理業務)に配転しても、過員二名という事態は何ら解消されない。

第二に、被控訴人の主張によれば、昭和六二年四月一日当時、事務職の実人員は実際には視能訓練士の仕事に就いていたA野を除いても、既に一名過員だったことになるから、本件病院の人員体制上事務職にカウントされる医事課のカルテ整理業務に、仮に新たに正規職員を配置する必要があったとしても、その人選には、形式上は事務職の発令を受けていたとはいえ実際には医療職に就いていたA野をあえて配置の対象とするのではなく、現に事務職の中の過員とされる職員の中から然るべき者を配置するのが自然な人事であるのに、本件配転命令はそのような自然な人選を採っていない。

(2) A野とともに実際に視能訓練士の業務に従事していたB山は、もともとは看護婦であるが、看護婦としてではなく、視能訓練士として標準数一名・現在員一名にカウントされており、被控訴人の主張によれば、昭和六二年四月一日当時、看護婦については標準数二二七名・現在員二一〇名と一七名もの欠員が生じていたとされている(実際には、後記のとおり、看護婦不足は、昭和六三年四月の大量の新規採用により基本的に解消されている。)。

このような被控訴人の主張を前提とし、標準数と現在員との不一致の是正・解消という面からみれば、B山を本来の看護婦の職に戻すことが自然な人事であったといえる。

(三) 患者数の推移と視能訓練士の実配置数半減の要否

国鉄時代の昭和六〇年四月に実施された合理化により、本件病院における視能訓練士の定数が二名から一名に削減された際、実際の配置数は引き続き二名とされ、昭和六二年三月一六日の国鉄最後の人事異動の際に事務職との兼務発令がされた後もA野が引き続き視能訓練士の業務に従事していたのは、実際には二名の視能訓練士が必要であったからにほかならず、その後の外来患者数の推移も、昭和六二年度に僅かな減少を示しながらも翌年度には急増し(本件病院における眼科の一日平均の外来患者数は、昭和六一年度三五・一名、昭和六二年度三三・一名、昭和六三年度三九・三名である。)、その後も増加が見込まれる中で(現に平成元年度四四・一名、平成二年度四七・一名、平成三、四年度四五名前後の水準で推移している。)、被控訴人は、その帰趨を見ず、その推移を見極めることもせずに、視能訓練士の実際の配置数を二名から一名に半減させている。

原判決は、昭和六一年度から昭和六三年度までの推移のみを挙げて「顕著な増加は見られず」としているが、視能訓練士の実際の配置数二名を定員である一名に減らすかどうかについては「外来患者数の帰趨・推移を見極める必要」があったはずであり、A野に対する兼務発令後僅か二年間のみの推移を見るにとどまったのでは見極めを行ったとは到底いえない。

(四) A野に対する「事務職本務・視能訓練士兼務」発令の特殊性

昭和六二年三月に多数の国鉄職員に対して行われた兼務発令は、従来従事していた鉄道輸送に関わる本来業務を形式上はそのまま本務としながら、売店等での物品販売業務や清掃業務など、従来就いてきた業務以外の業務を新たに兼務として発令し、実際にもその新たに兼務とされた業務に従事させるというものであった。また、昭和六三年四月ころから多数の職員について行われた兼務の解消も、右のようにして兼務発令前に従事していた本務とされる業務を形式上も外してしまい、兼務発令上の業務を新たに本務として発令するものであった。右のような兼務発令は、全社的に国労組合員とりわけ組合役員に集中していたことから、全国各地の地方労働委員会に不当労働行為救済申立てがされ、既に多数の救済命令が出されている。

これに対し、A野に対する兼務発令の場合には、右のような全社的状況とは正反対に、本務であった医療専門職を発令形式上は兼務としつつも従来どおり行わせるものであった。これは、国鉄及び新会社の直営病院である本件病院の眼科が担うべき特殊かつ重要な役割の上で、A野を視能訓練士の業務から外すことができなかったからにほかならず、A野の適当な転出先が見つからなかったとする被控訴人の主張は、事件ごとの都合に合わせて事実を偽って創作するものである。

以上のとおり、本件配転命令は、兼務発令を受けていた他の多数の者についての兼務の解消とは全く事態を異にするものであって、特別の意味を持つことは明らかであり、ここにも、本件配転命令が持つ特別の意味を会社の不当労働行為意思に照らして検討すべき事情が示されている。

(五) 「看護婦不足」に関する被控訴人の主張

原判決は、視能訓練士としての適性に優れていたA野ではなくB山を眼科に残した本件配転命令を正当と認める理由として、本件病院が慢性的に看護婦不足の状態にあることを考慮し、看護婦資格を有し、看護婦需要が逼迫した場合に視能訓練士から看護婦に置き換えることのできるB山を眼科に残した旨認定しているが、本件配転命令当時には、既に昭和六三年四月から再開された付属看護学校の卒業生五〇名の大量新規採用により慢性的な看護婦不足(定員割れ)は基本的に解消されていた(昭和六二年四月当時の看護婦の標準数・定員が二二七名に対し、実員数が二一〇名と一七名の定員割れは解消されていることは明らかである。)。そして、この点については、被控訴人も看護婦が慢性的に不足していたとの主張は従来から行っておらず、万一のときにはB山に視能訓練士と看護婦の両方の役割を果たしてもらうことを初審以来一貫して主張してきたにすぎない。

仮に本件配転命令当時において看護婦が不足していたとするならば、看護婦資格を有するB山を看護婦の欠員を生じている部署で看護婦の業務に従事させ、視能訓練士としての適性に優れているA野については本務を視能訓練士として引き続きその業務に従事させるのが最も自然で合理的な方法であるのに、被控訴人はこの方法を採らず、国労の分会役員であったA野に対して視能訓練士としての適性を無視して本件配転命令を行い、国労を脱退して東鉄労の分会役員となっていたB山を視能訓練士として眼科に残し、不足するという看護婦の部署に配置換えをすることをしなかったのであり、その意図が国労敵視、東鉄労優遇にあったことは明瞭である。

(六) 被控訴人の藤田眼科部長に対する対応

A野の視能訓練士としての適性については、同人の直属の上司である藤田眼科部長が初審及び再審において詳細に証言しているところであるが、これに対して被控訴人は、(ア)同部長が眼科の診察時間を認識しておらず、予約をとるという工夫もせず、患者の動向を考慮することもないまま、視能訓練士は二人がいいとか、視能訓練士が一人になったので診察・検査に支障が生じたとか言っている、(イ)視能訓練士本来の需要はそれほどなく、同部長は視能訓練士の法的能力の限界も考えず、B山が医療職で、A野が既に事務職となっていることも考慮していない旨主張している。

しかしながら、(ア)初審における藤田眼科部長の証言によれば、同部長が診療時間を意識することなく患者を優先して午前九時ころから午後四時ころまで外来患者を熱心に診療していたこと、同部長が予約をとろうにも検査をする視能訓練士がB山一人のために忙しくてできなかったことが判明しており、被控訴人の右主張がこじつけであることは明らかである。また、(イ)平成七年の視能訓練士法の改正により、視能訓練士の本来業務に、従来の「両眼視機能の回復のための矯正訓練及びこれに必要な検査」(同法二条)に加えて、「医師の指示のもとに眼科に関する検査を行うこと」(同法一七条)が加えられており、これは、視能訓練士の実際の需要及び専門性が眼科における検査業務全般にあるという実態に合わせた改正であり、視能訓練士に対する実際の需要及び専門性と適性の基準が眼科での「検査業務全般の正確性と専門性」にあったことは眼科では常識であった。それゆえ、藤田眼科部長も「本来の視能訓練士の役割としての需要は余りない」と証言しているのであり、このこととA野の視能訓練士としての適性とは何の関係もない。視能訓練士本来の需要は少ないから本件病院でも視能訓練士は一人で足りるのに藤田眼科部長はこれを無視している旨の被控訴人の主張は、事実を歪曲する主張である。

(七) 視能訓練士二名の必要性

本件病院の眼科においては、視能訓練士が一名では足りないことは、明白な客観的事実である。本件配転命令の結果、以下のとおり、本件病院眼科の特殊な業務である運転業務従事者に対する「医学適性検査」及び一般外来患者に対する検査業務の双方に重大な支障が発生した。

本件病院の視能訓練士の要員数を他の病院と正しく比較するためには、他の病院において、本件病院の視能訓練士のように、「両眼視機能の矯正訓練とこれに必要な検査」及び「一般外来患者に対する各種検査」のほかに「運転業務従事者に対する医学適性検査」を行っているかが重要な基準となるが、乙第七七号証で比較の対象とされた病院では、本件病院のように公共輸送機関の列車の「運転業務従事者に対する医学適性検査」を全く行っておらず、このように仕事の中身の違う病院における視能訓練士一人当たりの外来患者数を比較しても、正確な比較にならないことはいうまでもない。

(1) 医学適性検査への重大な支障

本件病院は、元来国鉄職員とその家族のための病院であり、眼科は運転業務従事者の医学適性検査を専門にしてきた経緯があり、本件病院の眼科の業務は、鉄道輸送という公共交通の安全性の確保にとって不可欠の業務を担ってきた。医学適性検査には、運転業務従事者の採用時の臨時検査と、採用後年一回の定期検査があり、本件病院における定期検査の被検査者数の実績は、昭和六三年度約二二〇名、平成元年度約三〇八名、平成二年度約三一一名、平成三年度約三一一名で、本件配転命令の年度は前年度より被検査者数は増加しており、翌年も同数程度の被検査者数があった。

運転業務従事者の医学適性検査は、法令の要求に基づくものであり、本件病院の眼科では病院からの業務命令の性格を有している。現に、藤田眼科部長が本件配転命令後の平成元年四月に視能訓練士一名では足りないとして適性検査を断った際、本件病院の事務部長らが眼科の岩田医師らに対して「どうしてもやれないというのなら、これは業務命令のようなものだから考えがある。」と処分をほのめかしてその実施を迫って検査を実施させた経緯がある。

そして、平成元年三月以前の本件病院における医学適性検査の項目は「視力、色覚、視野、光覚、疾患、斜視、斜位」の七項目であり、これらの適性検査に要する時間は、何も異常がない場合には一名当たり四〇分位で終了するが、視力が不十分であるため矯正が必要となる場合や、眼底に異常があるため精密検査が必要となり散瞳を要する場合などには、更に三〇~四〇分以上の時間がかかる。このような視力矯正を要する者や眼底の精密検査を要する者は、四人に一名位の割合で発生する。したがって、三名の検査でも約二時間の時間を要し、視力矯正や眼底異常がある場合には更に検査時間が長くなるのであり、午前中に二、三名の検査を実施するとそれだけで午前中かかってしまい、一日に五名の検査を実施するとそれだけで一日かかってしまうことになり、視能訓練士一名の場合には、その間外来患者に対する検査は全く行われなくなるのであるから、本件配転命令が眼科業務に与えた影響は重大であった。

本件配転命令以降、本件病院眼科で行う医学適性検査では、従前必ず行われていた両眼視機能の検査(「斜視・斜位」の検査)が実施されなくなった。ある程度詳しい検査をしないと判明しない斜位が眼にあると、奥行き感覚がつかめないため、線路上の障害物までの距離の判断が困難になるなど、この両眼視機能は、運転業務従事者にとって極めて重要なものであり、その機能が正常か否かを検査することは、公共輸送業務を経営する立場からは極めて重要である。この検査は、専門家である視能訓練士でなければできないが、検査に時間がかかりB山一人ではこなせないため、本件配転命令後は全く行われなくなってしまったのである。

(2) 一般検査業務への重大な支障

また、本件配転命令により視能訓練士がB山一名となったために、医学適性検査だけでなく、一般外来患者に対する検査業務にも支障が出た。すなわち、本件配転命令後、本件病院の眼科の暗室前に、「視力検査は午後及び土曜日はなるべく避けて下さい」「検眼・眼底検査を御希望の方は一一時までにおいで下さい」という貼紙が出されるようになった。

従来、視能訓練士二名体制の下で、本件病院の眼科は、公共輸送機関の運転業務従事者に対する医学適性検査という重要な業務と一般外来患者に対する検査業務を支障なく適正に遂行しており、一般外来患者は、本件配転命令までは視力検査を午前・午後及び土曜日にも受けることができたし、検眼・眼底検査についても午前一一時までという制限はなかった。ところが、視能訓練士一名となって以後、B山一人では医学適性検査に加えて一般外来患者に対して十分に対応できなくなり、一般外来患者の諸検査業務に不便が生じ、一般外来患者の利便性に支障が生じたことは明白である。

(八) 本件配転命令に対する国労等の対応

(1) 昭和五九年の国労の同意について

被控訴人は、昭和五九年一二月までに本件病院の視能訓練士の定員を一名とすることに国労も同意したとの主張を繰り返し、原判決も右事実を認定した上で本件配転命令を合理的としている。

しかしながら、第一に、右合意は、本件配転命令に先立つこと五年前のことであり、本件病院の眼科の業務を遂行していく上で視能訓練士一名で足りるか否かは、本件配転命令当時(平成元年四月当時)における眼科業務の実態に則して判断すべきであり、昭和五九年当時の国労の同意なるものを持ち出して平成元年四月の本件配転命令の合理性を判断することはできない。

また、第二に、右合意は、昭和六二年四月一日付けの国鉄分割民営化に伴い、旧国鉄による「国労にいたら新会社に採用されない」との激しい国労壊滅の意思に基づく組織攻撃もなかった時期のものであり、本件病院でも、昭和六一年一一月ころから右のような国労に対する異常な組織壊滅攻撃が開始され、約一八〇名を組織していた本件病院の分会は、新会社発足の昭和六二年四月一日当時には合計四三名と約四分の一までに激減した。さらに本件病院は、昭和六二年三月、適性を無視して国労を脱退したB山の本務を視能訓練士としたのに対して、国労分会の役員をしていたA野の本務を「事務職」とする差別的な配属命令を実行した。新会社も、旧国鉄の国労敵視・嫌悪策を継承し、全国一〇四七名の国労組合員に対する採用差別をはじめ、数千人の国労組合員に対する配属差別、昇格差別など、様々な不当労働行為を実施するとともに、本件病院も、新規採用により慢性的な看護婦不足を解消した昭和六三年以降、看護婦長の組合員を中心に本格的な脱退攻撃をかけ、その仕上げとして平成元年四月一日付けで当時分会長であったA野に対して本件配転命令を実行したのである。したがって、右合意をもって、本件配転命令の不当労働行為性を減弱させる理由とならないことは明らかである。

(2) 平成二年五月の団交申入れについて

被控訴人は、本件配転命令後の平成二年五月の国労東日本本部から被控訴人に対してされた団交申入れには本件病院の「視能訓練士の増員要求」がされていないから、視能訓練士の標準数を一名とすることが正しいと主張している。

しかしながら、国労東日本本部は、平成元年七月三一日付けの団交申入書の中で、被控訴人に対し、A野を「速やかに元の職場に戻すこと」を要求しており、A野を原職させることは視能訓練士二名の体制を意味しており、同年九月二二日の本件の救済命令申立てにおいてもA野の原職復帰を求めている。このように、控訴人補助参加人らは、一貫してA野の原職復帰すなわち視能訓練士二名の体制を要求してきたものである。

(3) 簡易苦情処理会議と本件配転命令

被控訴人は、本件については、簡易苦情処理会議及びその後の団交申入れの過程で控訴人補助参加人側が組合活動との関係で問題を提起したことがなく、単に本人の希望を実現したいとの観点からのみ発言しており、このことは、補助参加人側でさえ本件配転命令が組合活動に関する限り何の問題もないと認識していたことを示しており、本件配転命令が不当労働行為に該当するものでないことは明らかであると主張している。

しかしながら、第一に、被控訴人が本件病院分会を団体交渉の単位として認めないため、分会の組合員に関する事項についての簡易苦情処理会議の組合側委員は、分会の役員でないことはもちろん、東京地本ないし同地本中央支部の役員でもなく、国労東日本本部の役員であった。

第二に、A野の簡易苦情処理の申立てに対して労使双方の一致による却下の結論となったのは、会社側委員の組合側委員に対する説明が、事実を偽り、組合側委員を誤信させていたからである。すなわち、会社側委員の説明は、病歴管理の仕事が、①医学的知識が必要であり、A野の知識を活かしてもらう、②カルテ整理を一名補強して体制を強化する、③A野に外注の人を指導してもらう、④眼科は実質的に人が余っていてA野を抜いても大丈夫である、⑤カルテ整理が終わるまでであり、そう長い期間ではない、というものであり、このような説明によって組合側委員が本件の事実関係を誤信し、双方一致で申立てを却下したとしても不思議ではない。そして、本件配転命令の実際が全く違っていたことは、平成元年七月三一日付けの前記団交申入書にも記載されているとおりであり、実態は、①A野の知識が眼科に限られていること、②同年七月当時は既に派遣社員が同年四月当初の四名から一名にまで減員されていたこと、③カルテ整理の仕事は、退院患者がいる限り続き、終わる目途がないこと、④前記のとおり眼科の業務に支障が出ていることが判明したため、右団交申入れに至ったものである。なお、この団交申入れにつき、会社側委員である伊藤嘉道は、初審の審問において、組合側委員である太田業務部長に電話で確認したところ、同部長が「簡易苦情処理会議での会社側の説明に誤りがあったとか、その後に新しい事実が出てきたわけではないが、ともかくA野を元の職場に戻してほしいとのことであった」と証言しているが、国労東日本本部が会社の簡易苦情処理会議での説明と実態が違うから速やかにA野を原職に復帰させよと明記して申し入れているときに、同本部の役員である太田業務部長が右のような発言をすることはあり得ず、右証言は信用性がないことは明らかである。

(九) まとめ

以上のとおり、病歴管理室への配転の「業務上の必要性」は会社・病院の「医事業務外注化の基本方針」と実績に真っ向から反し、A野出向後は元どおり派遣社員だけで行われており、被控訴人(本件病院)が「業務上の必要性」を後から創り出した疑いが濃厚であり、人選の不合理性に至っては著しいものがある。結局、本件配転命令は、昭和六三年四月に大量新規採用によって看護婦不足が解消されたのを機に、国労の本件病院分会の壊滅を意図した被控訴人(本件病院)が、当時分会長であったA野に対して、視能訓練士という専門職を剥奪し、実際には単純肉体労働である病歴管理室勤務という不利益性を与えることによって、分会所属の一般組合員及び他労組所属の組合員に対する動揺・見せしめとする意図で実行された不当労働行為(支配介入・不利益取扱い)であることは明白である。

4  ILO勧告との関係

(一) 国労の一九九八年一〇月一二日付け及び全動労の同年一二月八日付けの各ILO(国際労働機関)に対する申立てに対して、ILOは、結社の自由委員会の審議に基づき、一九九九年一一月一八日開催の理事会本会議で同日付け勧告(以下「本件ILO勧告」という。)をした。日本が批准しているILO八七号条約は、「団結権を自由に行使することができることを確保するために、必要にしてかつ適当なすべての措置をとることを約束する」(一一条)としている。これは、同条約を批准した日本政府が、ILOに対して必要かつ適切なすべての措置を採ることを約束するものである。

本件ILO勧告は、「結社の自由委員会は、日本政府に対し、当該労働者に公正な補償を保障する、当事者に満足のいく解決に早急に到達するよう、JRと組合間の交渉を積極的に奨励するよう要請」し、その結果について引き続きILOに情報提供することを求めている。そして、右勧告の「当該労働者に公正な補償を保障する」という指摘も、単に金銭補償にとどまらず、公正な補償を確保する結論に達するための原職復帰、損害賠償等、被害を受けた労働者に対してすべてを償う措置を求めているのである。さらに、右勧告は、「司法権を含むすべての国家機関が尊重しなくてはならない結社の自由に関するILO諸条約の適用を保障することは、政府の責任である」と指摘し、それゆえ、東京高等裁判所に係属している国労不採用の事件や東京地方裁判所に係属している全動労不採用の事件の判決が、「ILO九八号条約に沿ったものになることを確信している」という内容の報告が採択されている。ILOは、次回ILO理事会本会議(二〇〇〇年三月下旬開催予定)において、本件ILO勧告で促された日本政府からの報告も受けて最終勧告を行う予定であり、本件ILO勧告に対する日本政府の対応の一環としての司法の判断が問われているのである。

(二) 今日の国際社会における人権保障の観点からは、条約などの国際基準が裁判規範性を有することが不可欠となっており、特に批准された条約に関しては、その国際基準の裁判規範性の有無の判断についても国際基準によるべきものであるし、その国際基準の解釈についても国際解釈基準によらなければならない。すなわち、日本政府が批准したILO八七号・九八号条約については、日本国内でも団結権保障についての裁判規範性が認められるし、同条約の解釈についてもILO自らの解釈・判断が基準となるべきものである。それゆえ、本件ILO勧告も、結社の自由に関する条約の適用の保障をすべき国家機関として司法権を挙げ、さらには現に係属している事件に関する司法判断についてまで踏み込んだ指摘をしているのである。したがって、団結権保護とこのための労働委員会制度については、日本がILO八七号条約を批准している以上、ILO八七号・九八号条約及びこれに関する本件ILO勧告が、日本国内における司法判断においても判断基準として考慮されなければならない。

(三) 本件ILO勧告は、国労・全動労に対する一九八七年四月の国鉄分割民営化に際しての不採用問題に関するものである。発足時に定員割れが生じていた被控訴人においては、昭和六二年三月一〇日、国労組合員に対して、不採用という形式ではなく、「兼務」発令により本来の職場から外す組合差別が行われ、同年四月一日付けでこの「兼務」発令を維持した内容の「配属命令」が行われ、その後、昭和六三年四月ころから「兼務解消」により、従来の本務に戻すのではなく兼務が本務とされていった。この配属差別については、全国の地方労働委員会で不当労働行為と認定され、中央労働委員会でも救済命令が相次いで出されている。したがって、本件ILO勧告の団結権侵害に関するILOの判断は、直接には不採用事件に関する申立てに対するものであっても、JR各社発足時の配属差別等の不当労働行為事件についても同様にILO条約の判断基準として当てはまるものである。

本件におけるA野に対する昭和六二年三月の事務職を「本務」とする「兼務」発令と平成元年四月の病歴管理室への本件配転命令についても、現にA野は視能訓練士の業務に従事していたにもかかわらず事務職を本務とする発令がされたことからすれば、JR各社発足時の不採用・配属差別と同様の不当労働行為意思に基づくものにほかならず、本件ILO勧告の内容は、本件の判断に当たっても勘案されなければならないものである。

前述した本件ILO勧告の内容と裁判規範性からみれば、原判決は、団結権侵害に関するILO八七号条約を批准した日本における団結権保障を実効あらしめるための制度である労働委員会制度における審理内容を十分に考慮したものとは言い難く、配転に関する法的判断のみに終始し、不当労働行為についての労働委員会での審理内容について何らの検討もしていないという司法判断としての重大な問題がある。さらに、本件ILO勧告及び今後出される最終勧告は、それ自体、国労に対するJR発足当時の不当労働行為についての国際機関の判断であり、右に述べたとおり、これらのILOの判断は、本件についても重大な関連があり、裁判規範性を有する判断基準として、また、勧告の内容自体が不当労働行為に関する証拠として、価値を有するものというべきである。

四  当審における控訴人の主張に対する判断

1  控訴人の前記二1(不当労働行為制度の趣旨と司法審査の在り方)の主張に関しては、使用者に労働組合法七条違反の行為があると認められる場合にいかなる内容の是正措置を講ずるかについて労働委員会に広汎な裁量権があり、是正措置の内容の適否について裁判所の審査に限界があることは所論のとおりであるが、他方で、同法二七条に基づく救済の申立てがあった場合において労働委員会はその裁量により使用者の行為が同法七条の不当労働行為に該当するかどうかを判断して救済命令を発することができると解すべきものではなく、裁判所は、救済命令の右の点に関する労働委員会の判断を審査してそれが誤りであると認めるときは、当該救済命令を違法なものとして取り消すことができるものというべきである(最高裁昭和五三年一一月二四日第二小法廷判決・裁判集民事一二五号七〇九頁参照)。このように、不当労働行為の成否の判断そのものについて労働委員会の裁量を認めることはできず、本件においては、前示のとおり、控訴人の指摘に係る当該労使関係の実情等の諸般の事情を総合考慮した上で、なお被控訴人による本件配転命令は不当労働行為に該当しないものと認められる以上、右の指摘に係る不当労働行為制度の趣旨等を斟酌しても、本件命令を取り消した原審の判断を不当とする控訴人の右主張は理由がないものというべきである。

2  控訴人の前記二2(本件配転命令前の労使事情)の主張に関しては、前示(前記一10)のとおり、本件配転命令前の被控訴人と国労分会との労使関係、A野の分会役員としての活動状況等の背景事情に係る前記認定の諸事実を斟酌してもなお、本件配転命令自体について業務上の必要性及び人選の合理性が十分に肯認されること、住居及び勤務地の移転も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、A野の組合活動が本件配転命令の決定的動機であったものと認めることはできず、また、当該組合活動がなければ本件配転命令がされなかったものと認めることはできないというべきであり、本件配転命令前の労使事情に関する控訴人の右主張は、本件における不当労働行為の成否に関する前示の判断を左右するに足りるものではないと解するのが相当である。

3  控訴人の前記二3(本件における不当労働行為の成立)の各主張について、以下、順次検討する。

(一) 前記二3(一)(本件配転命令の業務上の必要性について)の主張について

控訴人は、本件配転命令の業務上の必要性について、(1)外来患者数の推移について横這い又は増加傾向が見られたとしても、本件病院の眼科は運転士等に対する医学適性検査という公共交通の安全確保を図るための重要な検査業務を担ってきたのであるから、他の病院と単純に比較すること自体が合理的ではなく、一般開放開始後僅か数年の外来患者数の比較を殊更に重視して業務上の必要性があったと評価すること自体が妥当ではない、(2)本来、配置転換の合理性・必要性を判断する場合には、当該配転による業務上の影響の有無及びその程度、配転対象者の不利益の有無及びその程度等をも勘案の上で判断がされるべきであるところ、本件配転命令後は、視能訓練士が一名となったことによる影響として、①視力検査を必要とする患者が一時間から二時間待つようなことが多くなったこと、②斜視検査、視野検査、色覚検査を要する患者の検査間隔を延ばしたり、診療当日に検査が実施できずに再度通院を依頼したりする状況が生じたこと、③被控訴人運転士に対する医学適性検査において要検査項目とされている項目の検査が行われない結果となることがあったこと等、眼科の検査業務の実態には大きな変化が認められ、また、本件病院の事務部から要請された医学適性検査にも十分対応できない状況が生じることもあり、これらの事実は、当該配転の合理性・必要性を否定する重要な事実である旨主張する。

そこで検討するに、控訴人の右(1)の主張に関しては、たしかに被控訴人には、公共交通の安全確保を図るため、運転関係業務に従事する職員に対して医学適性検査をしなければならないという特殊性があることは所論のとおりであるが、(ア)《証拠省略》を総合すれば、(a)右の医学適性検査は、本来、「社員の保健管理に関する医務及び衛生試験に関すること」等の業務を所管する中央保健管理所の業務であり、本件病院は、中央保健管理所がすべての検査項目について実施する医学適性検査の結果更に精密検査を要する者について、中央保健管理所からの委託を受けて専門医による検査を補充的に行っているにすぎず、本件病院としては一般外来患者の診療等に支障の生じない範囲で中央保健管理所の検査業務に協力しているものであること、(b)昭和六一年度から昭和六三年度まで(三六か月)の本件病院における医学適性検査の件数も、一か月〇名の月が半分以上の二〇か月、一か月一名以上一〇名以下の月が三か月、一一名以上二〇名以下の月が六か月、二一名以上三〇名以下の月が四か月、三一名以上の月が三か月で、各年度中特定の月に一定数の検査の委託が集中する傾向があるものの、一日平均でも昭和六一年度が〇・五名、昭和六二年度が〇・三名、昭和六三年度が〇・七名であり、一日平均一名にも満たない程度のものであったことが認められること(右(a)及び(b)の各認定を覆すに足りる的確な証拠はない。)、(イ)他方で、前示のとおり、本件病院では一般開放後における眼科の外来患者数の推移を見守っていたが、一日当たりの外来患者数(医学適性検査受診者を含む。)は、昭和六一年度が三五・一名、昭和六二年度が三三・一名、昭和六三年度が三九・三名であり、顕著な増加は見られず、視能訓練士一人当たりの外来患者数は、東京近郊の病床数が三〇〇から八九〇程度の規模の六病院と比較して二分の一程度にとどまっていたこと等の諸事情を総合考慮すると、前示のとおり昭和六〇年四月実施の合理化に伴う定数の削減以来過員となっていた視能訓練士について名実ともに過員の解消を図る一方で、医学的知識を有する専任社員の配置による病歴管理業務の充実を図るために行われた本件配転命令は、正当な業務上の必要性に基づいて行われたものと認めるのが相当であるというべきである。

また、控訴人の右(2)の主張に関しては、(ア)本件配転命令により本件病院眼科の視能訓練士が一名となった後も、前示のとおり、本件病院における視能訓練士一名当たりの眼科の外来患者数は東京近郊の他の病院より少なく、本件配転命令後、右減員により従前より検査業務が繁忙となった面はあるものの、B山を補助者とする検査業務の遂行により、一般外来患者に対する診療について医療としての許容範囲を超えた支障が生じているとは認められないこと、(イ)本件配転命令後における医学適性検査の一日平均の検査件数は若干増加したものの、平成元年度が一・〇名、平成二年度が一・一名、平成三年度が〇・八名、平成四年度が〇・五名と、一日平均一名前後で推移し、平成三年以降は再び一名未満に減少していること、(ウ)本来中央保健管理所の業務である医学適性検査に関しては、前示のとおり本件病院では個別の委託に対して一般外来患者の診療等に支障の生じない範囲で対応すれば足りる上、《証拠省略》を総合すると、B山自身の視能訓練士としての資質と能力は一般的な視能訓練士の水準と比較して遜色はなく、本件病院眼科においては、本件配転命令後、視能訓練士の減員により従前より検査業務が繁忙となった面はあるものの、B山を補助者とする検査業務の遂行により、運転業務従事者の適性を的確に検査する上で別段具体的な支障は生じていないものと認められること(藤田眼科部長の陳述中右認定に反する部分はにわかに採用し難い。後記五3(七)参照)等の諸事情を総合考慮すれば、控訴人の右主張に係る本件配転命令後の本件病院眼科の状況は、本件配転命令について正当な業務上の必要性を肯認した前示の判断を左右するに足りるものではないというべきである。なお、右(2)の①及び②の各主張に関しては、(ア)一般外来患者の診療を予約制にするなどの工夫によって対応が可能な事柄であると解されるところ、《証拠省略》によれば、藤田眼科部長は、初審(都労委)の審問の中で、自分のポリシーに反するので予約制は採らないと明確に陳述していること、(イ)《証拠省略》によれば、平成三年八月三一日に藤田眼科部長が退職し、現在の山上淳吉眼科医長(以下「山上眼科医長」という。)の体制となった後は、一般外来患者に対しては待ち時間に必要最小限の検査を行い、その事前検査に基づいて診察を行う方法を採ることにより、待ち時間はかえって減り、患者に再来院を求めることも減っており、視能訓練士一人体制の下で検査業務に別段支障は生じていないものと認められること等に照らすと、右(2)①及び②の各主張に係る状況が本件配転命令によって不可避的に生じた事態であるとはにわかに認め難いものというべきである。また、右(2)③の主張に関しては、《証拠省略》によれば、藤田眼科部長は、初審(都労委)の審問の中で、B山の代わりにA野が残っていれば実施できるという趣旨ではなく、視能訓練士二人の時は実施していたが一人になったので視野検査が渋滞し、静的視野検査のために自動視野計を導入したが、動的視野検査ができなくなった旨陳述しているところ、他方で、《証拠省略》によれば、山上眼科医長は、一般の病院では動的視野検査は予約制のところが多く、B山は同医長の下で視野検査についてもその責務を十分に果たしている旨陳述しており、予約制の採否等に関する藤田眼科部長の前記の陳述内容を併せ考えると、右(2)③の主張に係る状況についても本件配転命令によって不可避的に生じた事態であるとはにわかに認め難いものといわざるを得ない。

(二) 前記二3(二)(本件配転命令の人選の合理性について)の主張について

控訴人は、本件配転命令の人選の合理性について、(1)原判決がB山を眼科に残した理由につき看護婦需要が逼迫した場合に看護婦に置き換えることができるとした点について、当時そのような具体的な事情はないばかりか、再審(中労委)の審問における被控訴人の主張では、眼科内において事務が輻輳したときは看護婦としての対応がとれるからとしていたにすぎず、同審問における被控訴人の主張においても、そのような事態が生じたこと又は生じる度合いが高いことの証明は十分ではなく、右事由を人選合理性の判断の要素とすることは誤りである、(2)原判決が事務職であるA野を事務職の職場に配置したことは何ら問題がないとしている点について、A野は、人事上の取扱いは事務職とされたものの、引き続き視能訓練士の業務を続けていたことから、このような事務職への発令措置は過員解消のための便法的な措置とみられ、同人を形式上事務職とする発令がされているからといって、問題がないとすることは妥当ではない、(3)国鉄に入職以来職務の変更もなく視能訓練士という専門的な業務に長期間従事した者の配置転換には、本人への不利益を最小限に止める等相応の配慮が必要であるのに対し、何ら配慮をしない被控訴人の態度について、原判決は正当な評価をしておらず(本件配転命令により、A野は長年従事してきた視能訓練士としての技術・経験が生かされなくなり、それまで培ってきた技術が低下することについて、原判決は配慮が欠けている。)、被控訴人との雇用契約上視能訓練士に職種が限定されていたという証拠がないからといって、専門的な業務に長期間就労している者に対して右配慮をしなくても問題がないということにはならない、(4)眼科の責任者である藤田眼科部長は、院長に対し、視能訓練士の減員を思いとどまるよう求めるとともに、やむなく減員する場合でも、A野の方がデータが正確で信頼でき、色覚検査等においても優れているので、A野を残すよう述べているのに、同院長は、藤田眼科部長の話を遮るような態度を示しこれに応じておらず、結局同部長の意向とは反する人事異動が行われたものであり、人選の決定過程にも不自然な点が認められる、(5)原判決は、簡易苦情処理会議においてA野の申告を却下することで労使委員の意見が一致したことを、本件配転命令が正当であることを推認させる事情の一つと捉えているが、当時国労側と被控訴人は激しい対立状態にあったのであるから、同会議がその目的どおりに正常に機能していたとは認められず、同会議では配転の発令日との関係から、同会議の組合側委員が本件配転命令の背景、配転前後の実態等を十分に精査する時間的余裕もなく、これに積極的な対応ができなかった等と主張する。

そこで検討するに、控訴人の右(1)の主張に関しては、《証拠省略》を総合すれば、本件配転命令の決定に当たって、本件病院としては、(ア)平成元年四月当時の慢性的な看護婦不足の状況の下で、看護婦資格を有しているB山を眼科に残しておくことにより、状況に応じてB山に視能訓練士と看護婦の両方の役割を果たしてもらうことが期待できること、(イ)総合病院である本件病院においては、他の疾病を有する患者が眼科の診察を受けることも珍しくなく、眼科において応急措置が必要となるなど、眼科内において事務が輻輳したときは、看護婦資格を有する者の存在が重要な意味を持つことを考慮したことが認められ、右認定の事実に照らすと、B山が視能訓練士の資格とともに看護婦の資格を有していたことは、本件配転命令の人選の合理性を基礎付ける事情であると解するのが相当である。

控訴人の右(2)の主張に関しては、前示のとおり、本件配転命令は、昭和六二年三月一六日の時点で既に事務職を本務とする兼務発令を受けていたA野について、被控訴人発足当初からの方針に沿って外来患者数の推移等を見極めた上で、視能訓練士の兼務を解いて本務の事務職への配属を命ずることにより視能訓練士の過員を名実ともに解消したものであり、仮にB山を配置転換した場合には必要となる職務体系の変更及び給与体系の変更(給与上の不利益)のいずれをも伴わずに当該配置転換が行われたことは、本件配転命令の人選の合理性を基礎付ける事情であると解するのが相当である。

控訴人の右(3)の主張に関しては、(ア)同じく視能訓練士の資格を有し、視能訓練士の業務に従事してきた二名の社員のうち一名を配置転換して視能訓練士の過員を名実ともに解消する以上、配置転換の結果視能訓練士としての従来の技術・経験が活かされなくなり、技術が低下する可能性のあることはやむを得ないところであって、仮にB山を配置転換した場合でも同様に生じ得る問題であるのみならず、B山を事務職に配置転換した場合には視能訓練士と看護婦のいずれの資格・技術も活かされる途を閉ざすことになること、(イ)前記のとおり、被控訴人設立当時の社員総数の約一割強に当たる約九五〇〇名の余力人員をいかに有効に活用するかが被控訴人にとって最大の課題であったところ、新会社として発足した被控訴人においては、国鉄時代に長年従事した業務と全く異なる業務に配置換えとなった社員は相当多数に上り、本件病院においても看護部長からホテル業務に配転となった例もあることは、A野自身が再審(中労委)の審問の中で自認するところであること、(ウ)後記五3(六)のとおり、藤田眼科部長自身が、視能訓練士の需要について自らの眼科検査の補助者(アシスタント)的な存在として位置付けており、両眼視機能の矯正訓練等の固有業務に対する需要は余りないと認識していたこと、(エ)被控訴人とA野との雇用契約上職種の限定がないことは、配置転換の合理性を基礎付ける事情の一つであるということができること等の諸般の事情を総合考慮すると、控訴人の右主張は、本件配転命令の人選の合理性に関する前示の判断を左右するに足りるものではないというべきである。

控訴人の右(4)の主張に関しては、藤田眼科部長が本件病院の院長から打診を受けた際、仮に視能訓練士二名を一名に減員するのであればA野の方を残してほしいとの要望を述べたことは右主張のとおりであるが、他方で、藤田眼科部長は、(ア)初審(都労委)の審問の中で、B山との比較においてその理由を具体的に説明する時間はなく、B山の勤務評定に関する問題点の指摘も行っていないと陳述するとともに、本件配転命令後は午前中に外来患者の視野検査ができなくなったのも、A野個人の能力の問題ではなく、二人いればできたものが一人になってできなくなったという趣旨である旨陳述し、(イ)再審(中労委)の審問の中でも、A野とB山に同じ検査をさせて比較したことはない旨陳述しており、(ウ)当審においても、B山の視能訓練士としての能力は一般的な基準を満たしている旨証言している。そして、これらの陳述内容及び《証拠省略》を総合すれば、本件病院としては、藤田眼科部長の右要望を踏まえた上で、なお、①視能訓練士としても十分な能力を備えているB山は看護婦資格をも有しており、眼科において看護婦としての対応が必要となる事態が現実に予想されることから、B山が眼科に残る場合にはそのような事態に対する即時の対応が可能であること、②B山の本務は視能訓練士であり、同人の配置転換は職務体系及び給与体系の双方の変更(給与上の不利益)を伴うのに対し、A野の本務は事務職で、その配置転換にはいずれの変更・不利益も伴わないこと等の諸事情を覆してまでB山を配置転換するほどの能力の違いがあるとは認められないと考え、本件配転命令に至ったものと認められる以上、かかる人選の過程に所論の不合理はないものというべきである。

控訴人の右(5)の主張に関しては、簡易苦情処理会議の結論について、控訴人は初審(都労委)及び再審(中労委)の審理から原審の口頭弁論終結に至るまでかかる主張をしたことはないのみならず、仮に控訴人の主張するように当時国労側と被控訴人とが激しい対立状態にあったとすれば、かかる対立状態にある労使間においてすら労使一致して申告却下の結論に達したということは、本件配転命令が国労側にとって国労の組合活動に影響のない処遇として認識されていたことを推認させる事情であるということができ、また、同会議の組合側委員が本件配転命令の背景や配転前後の実態等を十分に精査する時間的余裕がなかった旨の主張は、労使間の対立状況の下で本件配転命令が不当労働行為意思に基づくものであることが明白であるとする控訴人の一連の主張と矛盾するものといわざるを得ず、いずれにしても、控訴人の右主張は理由がないものというべきである。

(三) 前記二3(三)(本件配転命令の不当労働行為該当性について)の主張について

以上のとおり本件配転命令自体について業務上の必要性及び人選の合理性を十分に肯認することができる上、前示のとおり、本件配転命令前の被控訴人と国労分会との労使関係、A野の分会役員としての活動状況等の背景事情に係る前記認定の諸事実を斟酌してもなお、本件配転命令自体の業務上の必要性及び人選の合理性、住居及び勤務地の移転も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、A野の組合活動が本件配転命令の決定的動機であったものと認めることはできず、また、当該組合活動がなければ本件配転命令がされなかったものと認めることはできないというべきであり、本件配転命令を不当労働行為に問擬する控訴人の右主張は、理由がないものであるといわざるを得ない。

五  当審における控訴人補助参加人らの主張に対する判断

1  控訴人補助参加人らは、前記三1(配転命令の不当労働行為該当性に関する原審の判断の判例違反)のとおり、本件配転命令に関する原審の判断について判例違反の主張をするので、以下、各判例との関係について順次検討する。

(一)(1) 前記三1(一)(1)の主張に係る最高裁昭和六一年七月一四日第二小法廷判決(裁判集民事一四八号二八一頁)は、民間会社の神戸営業所から名古屋営業所へと転居を伴う転勤を命じた事案に関するもので、転居を伴う転勤命令が一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えること等にかんがみ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が不当な動機・目的をもってなされたものであるとき等のように特段の事情が存する場合には、当該転勤命令は権利の濫用として無効となる旨を判示したものであって、本件とは事案を異にするものである。本件配転命令に関しては、前示のとおり、業務上の必要性及び人選の合理性を十分に肯認することができる上、本件配転命令前の被控訴人と国労分会との労使関係やA野の分会役員としての活動状況等の背景事情に係る前記認定の諸事実を斟酌してもなお、本件配転命令自体の業務上の必要性及び人選の合理性、住居及び勤務地の移転も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、なお本件配転命令が不当な動機・目的をもってされたものと認めることはできず、前掲最高裁昭和六一年七月一四日判決の判示に照らしても、本件配転命令につき不当労働行為性を肯認することはできないものというべきである。

(2) また、前記三1(一)(2)の主張に係る最高裁平成六年一二月二〇日第三小法廷判決(民集四八巻八号一四九六頁)は、職員室内における無許可のビラ配付を理由とする組合執行委員長に対する学園の訓告・戒告の処分(ビラ配付の禁止等)、組合掲示板の設置等に関する団交の拒否等について、当該ビラ配付は実質的には就業規則所定の禁止規定の違反になるとはいえず、当該懲戒処分は就業規則上の根拠を欠く違法な処分であるとした上で、校内での組合活動を一切否定する学園側の組合嫌悪の姿勢、当該懲戒処分の経緯等に徴すると、当該処分は学園側の不当労働行為意思に基づくものと認められる等として、不当労働行為の成立を肯認した事例であり、本件のように配転命令自体が業務上の必要性及び人選の合理性の認められる適法な業務命令であり、組合活動にも具体的な支障がなく、労使関係の背景事情や当該組合員の活動状況等を斟酌してもなお不当労働行為性を肯認することができない事例とは、本質的に事案を異にするものというべきである。

(二) 前記三1(二)の主張に係る最高裁昭和六〇年四月二三日第三小法廷判決(民集三九巻三号七三〇頁)は、併存する企業内組合の一つが使用者の提案する残業を拒否していることを理由にその組合員に対して残業を命じない使用者の行為が不当労働行為に当たるかどうかが争われた事案で、本件とは事案を異にするが、当該事件の原判決の説示の趣旨は、「使用者の行為の不当労働行為該当性を判断するに当たっては、単に問題となっている行為の外形や表面上の理由のみを取り上げてこれを表面的、抽象的に観察するだけでは足りず、使用者が従来とってきた態度、当該行為がされるに至った経緯、それをめぐる使用者と労働者ないし労働組合との折衝の内容及び態様、右行為が当該企業ないし職場における労使関係上有する意味、これが労働組合活動に及ぼすべき影響等諸般の事情を考察し、これらとの関連において当該行為の有する意味や性格を的確に洞察、把握したうえで判断を下すことが必要であるとの見地から、右のような使用者の行為について不当労働行為の成否が問題となっている救済命令取消訴訟において、裁判所が右不当労働行為の成否を判断するについては、単に労働委員会の作成した命令書記載の理由のみに即してその当否を論ずべきものではなく、その判断の基礎となったと考えられる背景事情等にも十分思いをめぐらしたうえで総合的な視野に立って結論を下すべきであるとの認定、判断の心構えを述べたもの」であって、原判決に所論の違法はないと判示している。そこで、右の説示に係る認定・判断の心構えに立って考えるに、本件配転命令に関しては、前示のとおり、本件配転命令前の被控訴人と国労分会との労使関係やA野の分会役員としての活動状況等の背景事情に係る前記認定の諸事実を斟酌してもなお、本件配転命令自体の業務上の必要性及び人選の合理性、勤務地の移転も給与上の不利益も伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、なお本件配転命令につき不当労働行為が成立するものと認めることはできないものと解される以上、前掲最高裁昭和六〇年四月二三日判決の判示に照らしても、本件配転命令につき不当労働行為性を肯認することはできないものというべきである。

2  控訴人補助参加人らの前記三2の主張(本件配転命令の業務上の必要性の欠如)の各主張について、以下、順次検討する。

(一) 控訴人補助参加人らは、前記三2の(一)(本件病院における医療事務外注化の方針)及び(二)(診療録委員会における医師の要望の内容)のとおり、本件配転命令は本件病院における医療事務外注化の基本方針と真っ向から反するものであり、診療録委員会における医師の要望も診療録管理体制のシステム化に伴う専任者の配置であり、未回収カルテの増加やカルテの病名欄へのICDコードの記入漏れ等の遅れの解消のための専任社員の配置が求められていたわけではない旨主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、(ア)本件病院の前身である中央鉄道病院においては、患者に対する診療の経過を網羅的に記録した診療録を管理する病歴管理業務は、看護婦の資格を有する者がこれを行っていたが、病院経営全体の合理化の中で、国労等の労働組合とも合意の上で外部への委託が進められ、従前は二名の正規社員(看護婦)が行っていたものを、昭和六一年九月からは正規社員一名と派遣社員一名で処理されるようになり、昭和六二年四月に被控訴人が発足してからは、全面的に派遣社員に委託されることとなったこと、(イ)民間企業として組織された被控訴人が設置主体となった本件病院は、保険診療の開始による一般開放、患者サービスの向上、診療の深度化、病歴管理の近代化等を進めるために汎用コンピューターによる病棟オーダーシステム(病棟で発生する処方や注射、放射線等のオーダー、検査結果照会等を医師や看護婦が病棟端末から直接入出力するオンラインシステム)を導入して、コンピューターによる総合的な診療管理体制のシステム化に取り組んでいったこと、(ウ)ところが、この診療管理体制のシステム化の実施・運営の過程において、未回収カルテの増加やカルテの病名欄へのICDコードの記入漏れ等、病歴関係についての作業の遅れが目立つようになり、昭和六三年一二月の診療録委員会において、医師側から病院事務局に対し、このような事態を解消するために有資格の専門職を配置するなど適切な措置を講じてほしいとの要望が出されたこと、(エ)かかる事態を踏まえて、本件病院としては、コンピューターによる病棟オーダーシステムの適正な運営等の観点から、病歴管理業務の充実のための要員の確保を求める医師側の要望に応えることとし、本件病院の経営合理化の必要性と赤字経営の状況の下で、診療録管理士等の専門職を新規に採用することは困難であったことから、本件病院における既存の社員の中から、一定の医学的知識を有する社員を右病歴管理業務に専任させ、昭和六一年九月当時と同様に正規社員一名と派遣社員一名とで右業務を遂行させることとしたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件配転命令は、本件病院における医療事務の外注化と診療管理体制のシステム化の過程において、未回収カルテの増加やカルテの病名コードの記入漏れ等、病歴関係についての作業の遅れが生じたことから、病歴管理業務の充実のための要員の確保を求める医師側の要望に応えて行われたものと認めるのが相当であり、一般的な医療事務外注化の流れの中で病歴管理業務に正規社員を配置したことには合理的な理由があり、本件病院の経営状況等の下で可能な限り医師側の要望に沿った要員の確保が行われたものということができる。したがって、前記三2の(一)及び(二)の各主張は、いずれも理由がないものというべきである。

(二) 控訴人補助参加人らは、前記三2(三)(病名コード記入作業と派遣社員)のとおり、カルテの病名コード記入は医師が行うのが原則で、そのチェックだけであれば派遣社員でも十分可能であり、仮に病歴管理室が病名コード記入を代行するとしても、派遣社員だけでも不都合はなく、現に本件配転命令後も本件病院では派遣社員にコード記入業務をさせていた旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、昭和六二年四月以降派遣社員だけに委託された業務体制の下で、カルテの病名コードの記入漏れ等による病歴管理業務の遅れが目立つ中で、このような事態を解消するために有資格の専門職の配置等を求める医師側の要望を受けて、本件病院としては、カルテの記入漏れ等の点検を行い、医師に対して記入の督促を行うとともに、自らコード付与の作業も行うことのできる要員として、一定の医学的知識を有する正規社員を病歴管理室に配置することとしたものであり、《証拠省略》によれば、本件病院では、本件配転命令後の平成元年四月からA野の要望により記入業務が外注に一本化された平成二年九月までの約一年半にわたり、A野に病名コードの記入作業を現に担当させており、A野自身も、平成二年四月一一日の初審(都労委)における審問の中で、当時自らコード記入の作業を行っている旨を陳述していることが認められる。

以上認定の事実によれば、昭和六二年四月以降派遣社員だけに委託された業務体制の下で、現実に診療録管理体制のシステム化に支障が生じた状況の中で、病歴管理業務の充実の観点から有資格の専門職の配置等を求める医師側の要望を受けて、本件病院が、記入漏れの点検、医師に対する督促や自らコード付与の作業を行うことのできる要員として、一定の医学的知識を有する正規社員の配置を必要かつ適当と判断したことには、合理的な理由があるものと解するのが相当であり、前記第三2(三)の主張は理由がないものというべきである。

(三) 控訴人補助参加人らは、前記三2(四)(カルテ回収業務と派遣社員)のとおり、派遣社員による医師への督促等のカルテ回収業務に特に支障はなく、仮に支障があるとすれば、医師側の対応の改善を求め、管理職が管理を強化する等により十分に対応が可能であり、医事業務外注化の基本方針を変える理由にはなり得ない旨主張する。

しかしながら、(ア)前示のとおり、昭和六二年四月以降派遣社員だけに委託された業務体制の下で、現実に未回収カルテの増加や病名コードの記入漏れ等による病歴管理業務の遅れが目立つなど、診療録管理体制のシステム化に支障が生じ、医師側からは有資格の専門職の配置等を求める要望が出されていたこと、(イ)一般に、職務体系上、業務委託の受託者である派遣社員に委託者側の医師に対する指示・督促の権限を付与することは困難であり、社員の資格を有しない外部の者が事実上催促をしても実効性を期待することはできないと被控訴人が判断したことには人事管理上合理性が認められること、(ウ)大量かつ事務的な病歴管理業務の性質上、これらの事態の改善は、現実に病歴管理の事務を担当している社員からの個別の指摘や督促によらなければ実効性を上げることが困難であると解されること等の諸般の事情を総合考慮すると、本件病院においてカルテ回収業務の改善の観点からも一定の医学的知識を有する正規社員の配置を必要かつ適当と判断したことには、合理的な理由があるものと解するのが相当であり、前記三2(四)の主張は理由がないものというべきである。

(四) 控訴人補助参加人らは、前記三2(五)(病歴管理室の体制の実情)のとおり、本件病院は、本件配転命令当時に三名いた派遣社員をその後一名に減員しており、本件配転命令後にA野が現実に行った仕事は単純肉体労働にすぎず、病歴管理室の立て直しの必要性というのは本件配転命令を正当化するための口実であって、被控訴人にはその必要も意向もなかった旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、A野が病歴管理室に配置されたのは、派遣社員だけの体制の下で現実に支障の生じた医師への督促を含むカルテ回収業務や病名コード記入作業等の強化を目的とするものであり、現に本件配転命令後A野の要望により記入業務が外注に一本化された平成二年七月に至るまで、本件病院は約一年半にわたりA野に右督促・回収業務や病名コード記入作業等を担当させているのであって、A野が病歴管理室で行った仕事がカルテの搬送・製本等の単純肉体作業にすぎない旨の前記の主張はにわかに採用することができない。また、前示のとおり、病歴管理室の業務は従来二名の正規社員(看護婦)で行われていたものを、昭和六一年九月からは正規社員一名と派遣社員一名で行われていた経緯があり、一定の医学的知識を有する正規社員であるA野の配置によって業務体制の充実が図られた病歴管理室における派遣社員の配置について、本件病院の経営状況等の諸般の事情からその員数を昭和六一年九月当時の数に戻したことは、本件配転命令自体が病歴管理業務の充実を目的として行われたものであることと別段矛盾する事柄ではなく、この点に関する前記の主張は理由がないものというべきである。

3  控訴人補助参加人らの前記三3の主張(本件配転命令の人選の不合理性)の各主張について、以下、順次検討する。

(一) 控訴人補助参加人らは、前記三3(一)(A野の病歴管理業務の適性)のとおり、(1)仮に専任の社員でなければ医師に対するカルテの催促や病名コード記入の催促ができないというのであれば、人選の対象は、医師に対してそのような催促のできる社員であればよいことになるが、原判決は、被控訴人がA野を選任した人選の基準もその合理性も一切明らかにしていない、(2)仮に医療に関する基礎的知識を有する社員という基準によっても、A野は、眼科以外の病名については素人であり、そもそも医師に対してカルテを催促するのに特別な能力・資質が必要であるとは考えられず、また、診療録委員会で医師側が要望した専任の有資格者(病歴のシステム化に寄与できる者)という点についても、A野は、診療録管理士の資格もコンピューターの知識もなく、同委員会の要望に合致しない、(3)真に病歴管理業務の強化をいうのであれば、最低限研修等が必要なはずであるのに、A野は派遣社員が受ける程度の研修も受けていない、(4)医師に督促できる正社員というのであれば人選の範囲は広いにもかかわらず、被控訴人はA野以外の人選を検討した形跡がなく、本件配転命令は、病歴管理室に専任の正社員を配置する必要性があって適切な人員が検討されたものではない旨主張する。

そこで検討するに、右(1)の主張に関しては、原判決は、病歴管理業務の遅れの主な原因は「派遣社員だけでは医師に未回収カルテの催促をしたり、カルテに未記入の病名やコード番号の記入を求めたりするのがしにくいことにあると考えられた」ため、本件病院では「社員の中から専任者を選んで配置することで病歴管理業務の改善を図ることにした」と認定した上で、「事務職の中でも視能訓練士として眼科に一七年間勤務した経験があり、医療に関する基礎的知識を有するA野は病歴管理業務の立て直しに適任であると判断し、A野を病歴管理業務の専任者として配置することとした」と判示しており、前示の諸事情に照らすと、右の説示において、病歴管理業務の充実の観点からのA野の人選の基準とその合理性が示されているものということができ、右(1)の主張は理由がないものというべきである。

右(2)の主張に関しては、前示のとおり、昭和六二年四月以降派遣社員だけに委託された業務体制の下で、カルテの病名コードの記入漏れ等による病歴管理業務の遅れが目立つ中で、このような事態を解消するために有資格の専門職の配置等を求める医師側の要望を受けて、本件病院としては、カルテの記入漏れ等の点検を行い、医師に対して記入の督促を行うとともに、自らコード付与の作業も行うことのできる要員として、一定の医学的知識を有する正規社員を病歴管理室に配置する必要性を認め、A野を配置することとしたものであり、弁論の全趣旨によれば、A野は視能訓練士の講習科目として眼科以外の医学科目を受講した経験があることが認められ、かかる基礎的知識に加えて長年の眼科における勤務経験からカルテの読み方等についてもある程度習熟しているものと推認されること等を併せ考えると、これらの作業を行う上で医療に関する基礎的知識を有する正規社員としてA野を適任であると認めた被控訴人の判断には合理性が存するものというべきであり、右(2)の主張は理由がないものというべきである。

右(3)の主張に関しては、前示のとおり、本件病院としては、病歴管理業務の充実の観点から、カルテの記入漏れ等の点検を行い、医師に対して記入の督促を行うとともに、自らコード付与の作業も行うことのできる要員として、一定の医学的知識を有する正規社員であるA野を病歴管理室に配置することとしたものであり、かかる適性と能力を備えた要員を選んで配置した以上、その上に研修を行わなかったからといって、被控訴人に病歴管理業務の強化を図る意思がなかったものということはできず、右(3)の主張は理由がないものというべきである。

右(4)の主張に関しては、前示の諸事実及び《証拠省略》を総合すると、本件病院としては、病歴管理業務の充実の観点から、カルテの記入漏れ等の点検を行い、医師に対して記入の督促を行うとともに、自らコード付与の作業も行うことのできる要員として、一定の医学的知識を有する正規社員を病歴管理室に配置する必要性を認め、対象者を検討したところ、当時既に過員となっていた視能訓練士二名のうち一名を病歴管理室に配置転換するのが相当と考え、視能訓練士を本務とし、看護婦資格を有するB山については眼科において看護婦としての対応が必要となる場合の対処のために眼科に残すこととし、既に事務職を本務とする発令を受けていたA野を病歴管理室に配置することとしたことが認められ(右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。)、右認定の事実によれば、被控訴人は、病歴管理業務の充実の観点から一定の医学的知識を有する者の人選について合理的な検討の過程を経ているものと認めるのが相当であり、右(4)の主張は理由がないものというべきである。

(二) 控訴人補助参加人らは、前記三3(二)(本件病院の人員体制とA野の人選)のとおり、(1)本件配転命令によって、被控訴人の主張に係る標準数と実人員の不一致の解消・是正(事務職の過員の解消)は図られておらず、(2)本件配転命令は、被控訴人の主張に係る看護婦不足(標準数と実人員の不一致)の解消・是正という観点からも矛盾した人事である旨主張する。

しかしながら、右(1)の主張に関しては、前示のとおり、本件配転命令は、本件病院における一般開放後の外来患者数の推移と病歴管理業務の改善の必要性を総合考慮した上で、本件病院の眼科において名実ともに視能訓練士の過員の解消を図るとともに、病歴管理室において病歴管理業務の充実を図るという双方の部署における人員配置の必要性に基づいて行われたものであり、事務職の過員の解消自体を目的として行われたものではないから、右(1)の主張は本件配転命令の人選の合理性に関する前示の認定を左右するに足りるものではないというべきである。

また、右(2)の主張に関しては、前示のとおり、本件配転命令においては、本件病院の眼科に勤務する二名の視能訓練士のいずれを配置転換するかを決定するに当たって、眼科において看護婦としての対応が必要となる場合の対処を考慮して、看護婦資格を有する方の視能訓練士を眼科に残したという趣旨において、当時の実質的な看護婦不足の状況が考慮されたものにすぎず、本件配転命令自体が本件病院全体における看護婦の員数不足の解消を目的として行われたものではないから、右(2)の主張は本件配転命令の人選の合理性に関する前示の認定を左右するに足りるものではないというべきである(なお、控訴人補助参加人らは、看護婦不足は昭和六三年四月の大量の新規採用により基本的に解消されていた旨主張するが、標準数自体の引下げと年度途中の退職により、実質的には本件病院における看護婦不足の状態はなお続いていたものと認められることは、後記(五)のとおりである。)。

(三) 控訴人補助参加人らは、前記三3(三)(患者数の推移と視能訓練士の実配置数半減の要否)のとおり、A野に対する昭和六二年三月一六日の兼務発令後、視能訓練士の実際の配置数二名を一名に減員するかどうかについては、外来患者数の帰趨・推移を見極める必要があり、その後の外来患者数は昭和六二年度に僅かな減少を示しながらも翌年には急増し(本件病院眼科の一日平均の外来患者数は、昭和六一年度三五・一名、昭和六二年度三三・一名、昭和六三年度三九・三名)、その後も増加が見込まれる中で、被控訴人は兼務発令後僅か二年間の推移を見ただけで、その後の帰趨・推移を見極めることもせずに減員を行ったのは不当である旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、(ア)既に昭和六〇年四月実施の合理化によって本件病院の前身である中央鉄道病院における視能訓練士の定数が労使合意の下に二名から一名に削減され、国鉄の民営化及び新会社の発足に伴う昭和六二年三月一六日のA野に対する兼務発令により視能訓練士の過員が形式的には解消されていた当時の状況の下で、視能訓練士の過員を実質的にも解消するかどうかは一般開放後の外来患者数の推移を見極めた上で決定するとの方針の下に、視能訓練士の過員の実質的な解消が当面留保された経緯があること、(イ)右兼務発令後、昭和六一年度から昭和六三年度までの三年度の外来患者数は、三五・一名、三三・一名、三九・三名と、三五名前後の線を推移しており、顕著な増加は見られず、しかも、視能訓練士一人当たりの外来患者数は、東京近郊の他の病院と比較して二分の一程度にとどまっていたこと等の諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人は、右兼務発令後の本件病院眼科における外来患者数の推移・動向を三年度にわたって見守るとともに、東京近郊の他の病院の外来患者数との比較も勘案した上で、視能訓練士の過員の実質的な解消を相当と判断したものであって、国鉄時代の合理化(労使合意による視能訓練士の定員削減)の流れを背景とした新会社発足後の人員配置の在り方として、被控訴人の右判断は合理的なものということができ、これを不当とする前記三3(三)の右主張は理由がないものというべきである。

(四) 控訴人補助参加人らは、前記三3(四)(A野に対する「事務職本務・視能訓練士兼務」発令の特殊性)のとおり、(ア)多数の組合役員である国鉄職員を対象とする昭和六二年三月の兼務発令及び昭和六三年四月以降の兼務解消は、従来の業務を本務とし、新たな業務を兼務として発令した上で、当該職員を右兼務とされた業務に従事させ、その後右本務を形式上も外し、兼務とされた業務を本務として発令するものであり、全国各地の地方労働委員会で救済命令が出されているが、(イ)A野に対する昭和六三年三月の兼務発令の場合には、これとは反対に、本務であった医療専門職を発令形式上は兼務とした上で従来どおり行わせるものであり、これは、本件病院の眼科が担うべき特殊かつ重要な役割の上でA野を視能訓練士から外すことができなかったからにほかならず、他の多数の職員に係る兼務の解消とは全く事態を異にする特別の意味を持つものである旨主張し、丙三三(国労東日本本部執行委員長飯田勉の陳述書)の陳述中にも右主張に沿う部分が存する。

そこで検討するに、右(ア)の主張に係る他の国鉄職員に対する兼務発令と本件におけるA野に対する兼務発令(以下「本件兼務命令」という。)とは、①発令後に実際に担当する業務を形式的には兼務とする点で共通する一方で、②発令による実質的な担当業務の変更の有無という点で異なるものといえるが、前示のとおり、右①の理由としては、昭和六〇年四月実施の合理化による視能訓練士の定員削減と再建監理委員会の答申に沿って、他の職員らと類似した兼務発令の形式を採ることにより、視能訓練士の過員を形式的に解消したものと認められ、右②の主たる理由としては、本件病院の一般開放により外来患者数の増加が見込まれ、視能訓練士を二名必要とする事態が生じる可能性を考慮し、視能訓練士の過員を実質的にも解消するかどうかは外来患者数の推移を見極めた上で決定することとして、兼務解消(本件配転命令)の時点まで実質的な担当業務の変更を留保したことによるものと認められ、右②の点に本件兼務命令の特色があるものということができる。

しかしながら、本件においては、前示のとおり、本件兼務命令後三年度にわたる外来患者数に顕著な増加が見られず、視能訓練士一人当たりの外来患者数も東京近郊の他の病院と比較して二分の一程度にとどまっており、本件病院における医学適性検査の位置付けや一日平均の件数等を斟酌しても、平成元年四月の時点で兼務解消(本件配転命令)により視能訓練士の過員を実質的にも解消したことに合理性が認められる以上、実質的な業務内容の変更を兼務解消(本件配転命令)の時点まで留保した本件兼務命令の右特色は、兼務解消の時点における本件配転命令自体の合理性に関する前示の判断を別段左右するに足りるものではないというべきである。

(五) 控訴人補助参加人らは、前記三3(五)(「看護婦不足」に関する被控訴人の主張)のとおり、(ア)本件配転命令当時において、本件病院の看護婦不足は昭和六三年四月以降の看護婦の大量新規採用により既に解消されており、(イ)仮に右当時においてなお看護婦が不足していたとすれば、看護婦資格を有するB山を看護婦の欠員を生じている部署に配置転換するのが最も自然で合理的な方法であるのに、被控訴人がこの方法を採らなかったのは、国労敵視の意図に基づくものであった旨主張する。

しかしながら、右(ア)の主張に関しては、《証拠省略》によれば、昭和六二年四月の被控訴人発足当時、多くの看護婦が辞めてしまったため、看護婦の標準数は実情に合わせて大幅に引き下げられ、その後も年度途中で定年、結婚、出産等により多数の退職者が出たため、昭和六三年及び平成元年の各年度初め(四月)には多数の新規採用により標準数の人員は一応確保されたが、標準数自体の右引下げと年度途中の退職により、実質的には本件病院における看護婦不足の状態はなお続いていたものと認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

そして、右(イ)の主張に関しては、前示のとおり、本件配転命令においては、本件病院の眼科に勤務する二名の視能訓練士のいずれを配置転換するかを決定するに当たって、眼科において看護婦としての対応が必要となる場合の対処を考慮して、看護婦資格を有する方の視能訓練士を眼科に残したという趣旨において、当時の実質的な看護婦不足の状況が考慮されたものにすぎず、本件配転命令自体が本件病院全体における看護婦の員数不足の解消を目的として行われたものではないから、看護婦資格を有するB山を眼科から他の部署に配置転換することが自然で合理的な方法であるということはできず、この点に関する右(イ)の主張は理由がないものというべきである。

(六) 控訴人補助参加人らは、前記三3(六)(被控訴人の藤田眼科部長に対する対応)のとおり、藤田眼科部長の初審(都労委)及び再審(中労委)の各審問における証言内容について、(ア)同人が眼科の診療時間を意識していなかったのは、午前九時ころから午後四時ころまで外来患者を熱心に診療していたからであり、予約をとらなかったのも、視能訓練士が一人となったために予約をとろうにも忙しくてできなかったものである、(イ)「本来の視能訓練士の役割としての需要は余りない」と証言したのも、平成七年の視能訓練士法の改正にみられるように、視能訓練士の実際の需要及び専門性が、従来の両眼視機能の矯正訓練及びこれに必要な検査から、眼科における検査業務全般に移行していることをとらえて述べたものにすぎず、視能訓練士本来の需要が少ないという趣旨で述べたものではない旨主張する。

しかしながら、右(ア)の主張に関しては、《証拠省略》によれば、藤田眼科部長は、初審(都労委)の審問における反対尋問の中で、眼科の診療時間を問われたのに対し、はっきり分からないと答えており、また、検査を予約制にすることは自分のポリシーに反するので、自分はそれをしない旨を明確に述べており、右(ア)の主張はにわかに採用し難いものといわざるを得ない。

また、右(イ)の主張に関しては、《証拠省略》によれば、藤田眼科部長は、初審(都労委)の審問における反対尋問の中で、視能訓練士の職業について、現在では眼科の検査のアシスタント的な役割がかなり増えており、従来の両眼視機能の矯正訓練等に対する需要は余りないと述べており、右証言によれば、藤田眼科部長自身が、視能訓練士の需要について自らの眼科検査の補助者的な存在として位置付けており、両眼視機能の矯正訓練等の固有業務に対する需要は余りないと認識していたことが認められるものというべきである(右の認定との関連で、視能訓練士の減員による眼科業務への影響については、後記(七)参照)。

(七) 控訴人補助参加人らは、前記三3(七)(視能訓練士二名の必要性)のとおり、本件配転命令により本件病院眼科の視能訓練士が一名に減員された結果、(1)公共交通の安全性の確保に不可欠な本件病院眼科の重要な業務であり、法令の要求及び本件病院の業務命令に基づいて実施され、検査に時間のかかる運転業務従事者の医学適性検査に重大な支障が生ずるとともに、(2)一般外来患者に対する検査業務にも、検査の可能な時間帯や曜日に制約が出るなどの重大な支障が生じた旨主張する。

そこで検討するに、右(1)の主張に関しては、前記四3(一)のとおり、(ア)運転関係業務に従事する職員に対する医学適性検査は、本来、「社員の保健管理に関する医務及び衛生試験に関すること」等の業務を所管する中央保健管理所の業務であり、本件病院は、中央保健管理所がすべての検査項目について実施する医学適性検査の結果更に精密検査を要する者について、中央保健管理所からの委託を受けて専門医による検査を補充的に行っているにすぎず、本件病院としては一般外来患者の診療等に支障の生じない範囲で中央保健管理所の検査業務に協力しているものであること、(イ)昭和六一年度から昭和六三年度まで(三六か月)の本件病院における医学適性検査の件数も、前記のとおり、一か月〇名の月が半分以上の二〇か月、一か月一名以上一〇名以下の月が三か月、一一名以上二〇名以下の月が六か月、二一名以上三〇名以下の月が四か月、三一名以上の月が三か月で、各年度中特定の月に一定数の検査の委託が集中する傾向があるものの、一日平均では一名にも満たないこと、(ウ)本件配転命令後における医学適性検査の一日平均の検査件数も、平成元年度が一・〇名、平成二年度が一・一名、平成三年度が〇・八名、平成四年度が〇・五名と、一日平均一名前後で推移し、平成三年以降は再び一名未満に減少していること、(エ)本来中央保健管理所の業務である医学適性検査に関しては、前示のとおり本件病院では個別の委託に対して一般外来患者の診療等に支障の生じない範囲で対応すれば足りる上、B山自身の視能訓練士としての資質と能力は一般的な視能訓練士の水準と比較して遜色はなく、本件病院眼科においては、本件配転命令後、視能訓練士の減員により従前より検査業務が繁忙となった面はあるものの、B山を補助者とする検査業務の遂行により、運転業務従事者の適性を的確に検査する上で別段具体的な支障は生じていないものと認められること等の諸事情を総合考慮すれば、右主張に係る本件配転命令後の本件病院眼科の状況は、本件配転命令について正当な業務上の必要性を肯認した前示の判断を左右するに足りるものではないというべきである。なお、控訴人補助参加人らは、医学適性検査は本件病院からの業務命令の性格を有しており、本件配転命令後の平成元年四月に藤田眼科部長が医学適性検査を断った際も、本件病院の事務部長らが眼科の岩田医師に対し、医学適性検査の要請は業務命令のようなものであるとして処分をほのめかして検査の実施を迫った経緯がある旨主張するが、右の主張は、前示のとおり、平成元年四月の本件配転命令直後に藤田眼科部長が眼科業務に対する支障の有無等を見極めることもなく視能訓練士一人ではできないとして医学適性検査を拒否した際に、中央保健管理所からの委託を受けた本件病院の事務局が右検査の実施につき医師側を説得した際のやり取りに係るものであり、中央保健管理所と本件病院との間の医学適性検査の業務分担の在り方等に関する前示の認定を左右するに足りるものではないというべきである。また、控訴人補助参加人らは、当審において、本件配転命令以降の医学適性検査では、B山一人では時間的にこなせないために両眼視機能検査(斜視・斜位の検査)が実施されなくなった旨主張し、当審における証人藤田邦彦の証言中には右主張に沿う部分が存するが、同証人は、初審(都労委)の審問の中では、本件配転命令後は視能訓練士の減員のために動的視野の検査ができなくなった旨述べるにとどまり、両眼視機能検査(斜視・斜位の検査)については言及しておらず、むしろ、両眼視機能(斜視・斜位)の調整等という視能訓練士本来の需要は余りない旨陳述していること、《証拠省略》によれば、藤田眼科部長の退職後本件病院の眼科医長を務める山上眼科医長は、本件配転命令後もB山は、視力検査、色覚検査及び視野検査のみならず、斜視・弱視の検査についても十分その責務を果たしている旨陳述していること等の諸事情に照らすと、当審における右主張及び証言はにわかに採用し難いものといわざるを得ない。

また、右(2)の主張に関しては、本件配転命令により本件病院眼科の視能訓練士が一名となった後も、本件病院における視能訓練士一名当たりの眼科の外来患者数は東京近郊の他の病院より少なく、本件配転命令後、右減員により従前より検査業務が繁忙となった面はあるものの、B山を補助者とする検査業務の遂行により、一般外来患者に対する診療について医療としての許容範囲を超えた支障が生じているとは認められないことは、前示のとおりである。この点につき、控訴人補助参加人らは、本件配転命令後、本件病院の眼科診療室に「視力検査は、午後及び土曜日は、なるべく避けてください。」「検眼・眼底検査を御希望の方は一一時までにおいでください。」との貼紙が出されたことを指摘するが、(ア)このような一般外来患者の診療時間の調整は、一般外来患者の診療を予約制にするなどの工夫によって対応が可能な事柄であると解されるところ、前示のとおり、藤田眼科部長は、初審(都労委)の審問の中で、自分のポリシーに反するので予約制は採らないと明確に陳述していること、(イ)前示のとおり、平成三年八月三一日に藤田眼科部長が退職し、現在の山上眼科医長の体制となった後は、一般外来患者に対しては待ち時間に必要最小限の検査を行い、その事前検査に基づいて診察を行う方法を採ることにより、待ち時間はかえって減り、患者に再来院を求めることも減っており、視能訓練士一人体制の下で検査業務に別段支障は生じていないこと等に照らすと、右の指摘に係る当時の眼科診療室の状況が本件配転命令によって不可避的に生じた事態であるとはにわかに認め難いものといわざるを得ない。

(八) 控訴人補助参加人らの前記三3(八)(本件配転命令に対する国労等の対応)の(1)ないし(3)の各主張について、以下順次検討する。

(1) 控訴人補助参加人らは、前記三3(八)(1)(昭和五九年の国労の同意について)のとおり、昭和五九年一二月までに本件病院の視能訓練士の定員を一名とすることに国労が同意したことについて、右合意は、本件配転命令の五年前のことにすぎず、しかも、その後国鉄の分割民営化を控えた昭和六一年一一月ころから国労に対する組織壊滅攻撃が開始され、昭和六二年三月には国労分会役員であるA野の本務を事務職とする差別的な配属命令がされていることに照らしても、右合意をもって本件配転命令の不当労働行為性を減弱させる理由とはならない旨主張する。

しかしながら、(ア)既に昭和五九年一二月の時点で、本件病院の視能訓練士の定数を一名に減員することについては国労との間で労使間の合意が成立し、人員配置上の既定路線となっていたこと、(イ)その後、右合意を踏まえて、昭和六二年三月に視能訓練士二名のうちA野の本務を事務職とする兼務発令が行われた際にも、A野から右発令について異議が述べられることはなかったことを併せ考えると、右主張に係る新会社発足前後の労使間の背景事情を考慮しても、視能訓練士の定数削減に関する国労との右合意の事実は、本件配転命令の不当労働行為性を否定する方向に作用する有力な徴表であると認めるのが相当である。

(2) 控訴人補助参加人らは、前記三3(八)(2)(平成二年五月の団交申入れについて)のとおり、本件配転命令後の平成二年五月の国労東日本本部から被控訴人に対する団交申入れには本件病院の視能訓練士の増員要求が含まれていない旨の被控訴人の主張に対する反論として、同本部は平成元年七月三一日付け団交申入書の中でA野を速やかに元の職場に戻すことを要求するなど、国労側は一貫してA野の原職復帰(視能訓練士二名の体制)を要求してきた旨主張する。

しかしながら、前示及び後記(3)のとおり、本件配転命令に関する国労側の対応に関しては、むしろ平成元年三月三〇日の簡易苦情処理会議においてA野の簡易苦情処理の申告が労使一致の意見で却下された事実が、本件配転命令の不当労働行為性を否定する方向に作用する有力な徴表であると認められ、その後の平成元年七月三一日付けの団交申入書に関しても、簡易苦情処理会議の席上出された「カルテ整理の仕事が終わった時点で視能訓練士に戻してほしい」との組合側委員の要望及びその後の組合側の検討結果を踏まえて、A野を速やかに元の職場に戻すことと、カルテ整理については他の方法により体制を強化することを求めたものにすぎず、本件配転命令自体の効力を争う主張や右命令が反組合的な意図をもって行われた不当労働行為である等の主張は一切されていないこと等に照らすと、右団交申入れの内容は、本件配転命令に関する国労側の対応に対する前示の評価を別段左右するに足りるものではないといわざるを得ない。

(3) 控訴人補助参加人らは、前記三3(八)(3)(簡易苦情処理会議と本件配転命令)のとおり、平成元年三月三〇日の簡易苦情処理会議においてA野の簡易苦情処理の申告が労使一致の意見で却下された事実について、(ア)同会議の組合側委員は、分会の役員ないし東京地本・同中央支部の役員ではなく、国労東日本本部の役員であった、(イ)同会議の結論が労使一致の意見で却下となったのは、会社側委員の組合側委員に対する説明が事実を偽り、組合側委員を誤信させていたからである旨主張する。

しかしながら、右(ア)の主張に関しては、《証拠省略》によれば、①被控訴人と国労東日本本部との間の労働協約(「労使間の取扱いに関する協約」)に基づいて設置された右簡易苦情処理会議には、A野の所属する国労東日本本部の太田業務部長と寺崎東京地本業務部長が組合側委員として参加し、A野の苦情申告を検討した上で、労使一致の意見で申告を却下する結論が出されたこと、②一般に、同会議において労使の意見が一致しない場合には、労使の意見が対立していることがそのまま同会議の結論となるものとされており、当時の同会議においては、労使の意見が一致することは少なく、特に本件のように労使の合意の下に申告が却下されるというのは極めて稀な事例であったことが認められ、以上の事実によれば、右簡易苦情処理会議の結論は、A野の所属する国労側と被控訴人側との合意の下に出されたものであり、本件配転命令は、国労側においても、当時の労使間の諸案件の中でも余り問題のない事案と受け止められていたものと認めるのが相当である。

また、右(イ)の主張に関しては、《証拠省略》によれば、(a)右簡易苦情処理会議における申告の却下後、組合側委員である国労東日本本部の太田業務部長は、A野に対して同会議の結果を伝えて説明したところ、A野からは、本件配転命令後の職場の実情等について更に異議の申出がされたことから、国労東日本本部は、平成元年七月三一日付けをもって、①カルテの整理は全科の知識を要するのに対し、A野は眼科の知識しかなく、人選が適切でない、②病歴管理室の派遣社員が減っており、体制の強化になっていない、③カルテの整理は終了する目途がない、④眼科の業務に支障が生じている等の事実が判明したとして、第一にA野を速やかに元の職場に戻すこと、第二にカルテ整理については他の方法により体制を強化することを求める団交申入書を被控訴人に提出したこと、(b)当時の被控訴人の人事部勤労課課長代理であった伊藤嘉道(以下「伊藤課長代理」という。)は、同年八月四日ころ、右団交申入書の趣旨について太田業務部長に電話で確認したところ、同部長は、簡易苦情処理会議で被控訴人側が説明した事実に誤りがあるとか、その時点で組合側が知らなかった新たな事実が分かったという趣旨で右文書を出したのではなく、A野を元の職場に戻してほしいというだけのことであると述べたため、伊藤課長代理は、第一の原職復帰の点は簡易苦情処理会議で決着済みの問題なので交渉するつもりはないが、第二のカルテ整理の体制強化の方法については話し合う用意はある旨答えたこと、(c)その後、同年八月九日ころ、同部長から再度の電話があったが、右(b)と同様のやり取りに終わっており、その後は、国労側から団交の申入れや被控訴人側の右対応に対する抗議はなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。右認定の事実に徴すると、平成元年七月三一日付けの団交申入書は、簡易苦情処理会議の結論に対して強い不満を表したA野の意向を受けて、組合側委員の説明に納得せず眼科への復帰を希望する同人の主張に基づいて作成されたものと推認されるところであり、同会議において申告却下の結論に同意した組合側委員としては、視能訓練士の過員活用の必要性、事務職本務に係る兼務解除の発令内容、住居及び勤務地の移転や給与上の不利益の欠如等の諸事情を考慮して右結論に同意した以上、同会議における会社側の説明が事実と異なるとの認識に基づいて右申入れを行ったものではなく、要は同会議の結論に納得しないA野の原職復帰の希望を会社側に再度要望する趣旨で右申入れに及んだものと認めるのが相当であって、会社側委員が事実を偽った説明により組合側委員を誤信させたとする控訴人補助参加人らの右主張はにわかに採用し難いものというべきである。なお、控訴人補助参加人らは、伊藤課長代理の右証言の信用性を論難するが、前示のとおり、簡易苦情処理会議に組合側委員として参加し、自らA野の苦情申告を検討した上で、視能訓練士の過員活用の必要性、事務職本務に係る兼務解除の発令内容、住居及び勤務地の移転や給与上の不利益の欠如等の諸事情を考慮して申告却下の結論に同意した太田業務部長の立場として、その後のA野らの反応に苦慮しつつ会社との関係において右(b)のような対応を採ることが不自然であるということはできず、前示の諸事情及び弁論の全趣旨に照らし、伊藤課長代理の右証言についてはその信用性を肯認することができるものというべきである。

(九) 控訴人補助参加人らは、前記三3(九)(まとめ)のとおり、本件配転命令の「業務上の必要性」及び「人選の合理性」は被控訴人が後から創り出した疑いが濃厚であり、国労の本件病院分会の壊滅を意図した被控訴人が、当時分会長であったA野に対して、視能訓練士という専門職を剥奪し、単純肉体労働である病歴管理室勤務という不利益性を与えることによって、分会所属の組合員等に対する見せしめとする意図で実行された不当労働行為である旨主張する。

しかしながら、以上認定のとおり、本件配転命令については業務上の必要性及び人選の合理性を十分に肯認することができる上、住居及び勤務地の移転や給与上の不利益を伴わない本件配転命令により分会役員としての組合活動に具体的な支障が生じたとはいえず、当時の被控訴人が置かれていた人事配置の適正化という困難な状況の下において、本件配転命令がA野に対し著しい不利益を負わせるものと評価することはできないこと、その他視能訓練士の定員削減に関する労使合意の存在、簡易苦情処理会議における労使一致の申告却下決定等の諸般の事情を総合考慮すると、本件配転命令前の被控訴人と国労分会との労使関係やA野の分会役員としての活動状況等の背景事情に係る諸事実を斟酌してもなお、A野の組合活動が本件配転命令の決定的動機であったものと認めることはできず、また、当該組合活動がなければ本件配転命令がされなかったものと認めることはできないというべきであり、本件配転命令が不当労働行為(労働組合法七条一号の不利益取扱いないし同条三号の支配介入)に該当する旨の控訴人補助参加人らの右主張を採用することはできないものといわざるを得ない。

4(一)  控訴人補助参加人らの前記三4の主張(ILO勧告との関係)に関しては、《証拠省略》及び当裁判所に顕著な事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) ILO(国際労働機関)は、労働基本権に関する条約として、一九四八年に結社の自由及び団結権の保護に関する条約(ILO八七号条約)を、一九四九年に団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(ILO九八号条約)をそれぞれ採択し、その後も一九五七年にILO一〇五号条約を、一九七八年にILO一五一号条約をそれぞれ採択し、また、そのほかにも多数の勧告を採択したり、各委員会等において多数の報告及び決議等を行い、ユネスコとの合同委員会における最終報告をまとめている。

(2) 国労及び全動労は、平成一〇年一〇月一二日及び同年一二月八日、ILO結社の自由委員会に対し、昭和六二年四月の国鉄分割民営化に際してのJR各社による国労及び全動労の各組合員の不採用問題について反組合差別の申立てを行い、これを受けて右結社の自由委員会が作成し、理事会に提出した本件ILO勧告の原案は、平成一一年一一月一八日開催のILO理事会において承認された。

本件ILO勧告の要旨は、①多数の国労及び全動労の各組合員の採用をJR各社が拒否した理由について十分な認識に基づいた結論が出せるよう、日本政府に対し、さらに情報を提供するよう要請する、②当該労働者の公正な補償が保障され、両当事者にとって満足のいく解決を早期に図るため、JR各社と国労及び全動労との間の交渉を積極的に促進するよう、日本政府に要請する、③国労及び全動労の各組合員の不採用に関する裁判所の判決がILO九八号条約に沿ったものとなることを同委員会は確信している、④ILO九八号条約違反の反組合差別に関する各事件が新民事訴訟法の下で今後迅速に審理されることを期待する、というものであった。

(二) そこで検討するに、憲法九八条二項によって我が国の国内法として法源性・裁判規範性を認められるのは、「締結した条約」及び「確立された国際法規」であり、ここにいう「確立された国際法規」とは国際社会一般に承認され、実行されている不文の慣習国際法を指し、未批准の条約や勧告、報告等は、右の「締結した条約」に当たらないことはもとより、「確立された国際法規」にも該当しないものというべきである。

しかも、本件ILO勧告は、右(一)(2)のとおり、昭和六二年四月の国鉄分割民営化に際してのJR各社による国労及び全動労の各組合員の不採用問題について、日本政府に対して労働者の公正な補償を保障するための両当事者間の交渉の促進を要請するとともに、各組合員の不採用に関する司法判断がILO九八号条約に沿ったものとなり、ILO九八号条約違反の反組合差別に関する各事件が迅速に審理されることを期待するというにとどまるものであって、いずれにしても、右組合員不採用問題とは事案を異にする本件の事案について、本件ILO勧告及びこれを受けたILOの最終勧告が法的拘束力のある法源としての裁判規範性を有するものと認めることはできないものと解するのが相当である。

したがって、本件ILO勧告及びこれを受けたILOの最終勧告に関する前記三4の主張は、我が国の国内法を裁判規範とする不当労働行為の成否に関する前示の判断を左右するに足りるものではないというべきである。

第五結論

以上の次第で、本件命令を取り消した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 橋本昌純 岩井伸晃)

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